〈池田先生と共に 新時代を築く〉 2019年4月13日 皆を味方に!友に希望を

〈池田先生と共に 新時代を築く〉 2019年4月13日

皆を味方に!友に希望を

 

 「法妙なるが故に人貴し・人貴きが故に所尊し」(御書1578ページ)
 まさに、この仰せ通りに、わが同志の立正安国の対話が、いずこでも貴き「蘭室の友」をつくり、尊き「娑婆即寂光」の宝土を広げている。
 御本仏・日蓮大聖人は、どれほど讃えておられるか。
 広宣流布の行動は全てが「我が一念に納めたる功徳善根」(同383ページ)であり、「今生人界の思出」(同467ページ)となる。
 * * * 
 懐かしい東京の市ケ谷周辺を回るたびに、恩師との共戦譜が思い出される。今、縁の街々が栄え、後継の宝友たちが活躍する姿を、恩師もさぞお喜びであろう。
 昭和26年5月、第2代会長に就任されて間もなく、お堀端に立つ3階建ての市ケ谷ビルに、戸田先生の会社の事務所が移転した。聖教新聞の編集室も置かれ、続いて学会本部の分室が設けられた。毎朝の「戸田大学」の講義が行われた場所でもある。
 ここで先生は、毎日、会員の指導・激励に当たり、切実な悩みを抱えて訪ねて来た友を渾身の力で励まされた。
 「大丈夫。この信心をして幸福にならないわけがない。心は王者でいきなさい。創価学会の名誉ある一員として誇りも高く生き抜きなさい」
 皆、生まれ変わったように笑顔で帰っていった。悩みがなくなったのではない。しかし、自分自身が何ものにも負けぬ「妙法の当体」として、悩みを見下ろせる勇気と希望を持ったのだ。
 創価の師弟は、まさしく「地涌の菩薩」の陣列である。一人一人が「広宣流布の闘士」として胸を張り、「宿命」を「使命」に転じ、誓願の国土で幸福と平和の連帯を築いていくのだ。
 * * * 
 市ケ谷ビルでの若き日々、私は青年らしく元気な挨拶を心掛け、誠心誠意、内外の方々と語らいを重ねた。ビル全体の受付の方とも、2軒先にあった食堂のご家族や店員さんとも、ビルの前に来ていた行商の植木屋さんとも、心を通わせた。皆、学会に深い理解と信頼を寄せてくれた。
 「仏種は縁に従って起る」(同1467ページ)
 今、青年部が真剣に広げている対話が、どんなに大きな花を咲かせることか。私は楽しみでならない。
 * * * 
 思えば4月14日は、再三にわたる第3代会長就任の要請を、私が受諾した日である。
 ――直弟子としてご恩を返す時が来た。日本の歴史、世界の歴史を創りゆく戦いを、同志と貫くのだ、と。
 巡り来る60年目の5月3日へ、皆を味方に、友に希望を広げながら、晴れわたる創価の凱歌を共々に!

〈座談会 創立90周年を勝ち開く!〉31 師と共に栄光の「5・3」へ 烈々たる闘争心と勇気で前進 2019年4月11日

〈座談会 創立90周年を勝ち開く!〉31 師と共に栄光の「5・3」へ 烈々たる闘争心と勇気で前進 2019年4月11日

公明党 地域の声聞き政策を実現
〈出席者〉
原田会長
長谷川理事長
永石婦人部長
志賀男子部長
大串女子部長
生き生きと躍動するヤング・ミセスこそ、創価家族の希望の象徴。ますます福運に満ちた幸の連帯を、わが地域に!(昨年行われた、首都圏ヤング・ミセスの集い)

 永石 4月11日は「ヤング・ミセスの日」です。日々、多忙な中、地域にはつらつと友情の輪を広げているヤング・ミセスの一人一人を心からたたえていきたいと思います。

 原田 小さなお子さんを抱えながら、活動に励まれている方も多くいらっしゃいます。周囲も十分な配慮を心掛け、ヤング・ミセスの皆さんが伸び伸びと活躍できるよう、エールを送っていきましょう。

 長谷川 今、全国の同志が栄光の「5・3」を大勝利で飾ろうと、友情と信頼の輪を大きく広げる対話に、また同志への真心の励ましに、懸命に駆けてくださっています。

 原田 広宣流布、立正安国のための私どもの労苦は、無量の功徳、善根となることは間違いありません。自身のみならず、わが眷属も、そして、わが地域も、必ず勝ち栄えていくのです。

 大串 女子部も、池田先生のご指導を胸に刻みながら、一日一日を前進し、価値ある青春の道を歩んでいこうと励まし合っています。

 原田 小説『新・人間革命』第30巻〈上〉「大山」の章には、40年前の4月の池田先生の師子吼がつづられています。「師子になれ!」「烈々たる闘争心と勇気をもって、創価の師弟の大道を歩み抜くのだ」と。今こそ、誓願の題目を唱え抜き、一切の油断を排して眼前の戦いに敢然と挑み、断固として勝ち抜いていきたい。

 志賀 青年部は、どこまでも「強気の対話」「執念の追撃」で、最後の最後まで戦い抜いていきます。

 原田 それこそが、あらゆる苦境を打開するための鉄則です。御書には「日蓮が一門は師子の吼るなり」(1190ページ)と仰せです。私たちは、強盛な祈りで「師子王の心」を取り出し、威風堂々と常勝の大前進を続けていこうではありませんか。

第2党の座を堅持

 永石 去る7日、統一地方選の前半戦が投開票されました。

 志賀 私たちが支援する公明党道府県議選で167人全員が見事、当選。政令市議選でも171人が当選し、大勝利でした。

 大串 道府県議会、政令市議会において、引き続き第2党となっています。

 長谷川 また、トップ当選、過去最高得票を記録した地域や、議席増、議席回復を果たした地域も相次ぎました。初議席を獲得した長野県議選飯田市下伊那郡では、選挙区内にある平谷村で、公明の候補の得票率が94%にも上りました。

 原田 公明党の議員は、応援した皆さんが誇りに思えるよう、実績を積み重ねてもらいたい。公明党の躍進は、山積する地域社会の課題の解決に力を発揮してほしいとの強い期待にほかなりません。地方と国を結ぶ、抜群のネットワークの力がある公明議員は、福祉や医療の充実、子育てや教育支援、観光振興などに、さらに尽力し、断じて国民の期待に応えてほしい。

人柄や具体的実績

 長谷川 そして、いよいよ、14日には一般市議選と東京特別区の区議選、16日には町村議選が告示されます。ともに、21日の投票日を目指し、後半戦の選挙戦がスタートします。

 志賀 2015年の統一地方選の調査によると、有権者が「投票先を決定した時期」は、「選挙期間に入る前から」「候補者が出そろった時」を合わせると、市町村議選では58・9%でした。これは道府県議選より高く、実に6割近くが告示日までに投票先を決めていることになります。

 永石 また、有権者が期待する、市町村議員の「役割」では、「市(町村)全体の未来を考える」が最多、次いで「地域の発展を考える」でした。

 大串 市町村議員には、「地域の面倒をこまめにみる」との期待が道府県議員に比べて多いという調査結果もあります。

 志賀 市区町村議選は、より地域に密着した選挙です。地域の代表、身近な存在として、「1票」の拡大に執念を燃やし、議員の人柄や具体的な実績などを訴えていくことが大切になりますね。

 永石 国際医療福祉大学の川上和久教授は、地方議員に求められる資質について、「地域の御用聞き」として、地域の方々からさまざまな声を聞く力であると指摘しています。

 長谷川 その上で、ただ声に耳を傾けるだけでは政策を実現することはできません。川上教授は「公明党には、学校の耐震補強で災害時に児童・生徒を守る政策など、地域レベルと国政レベルが一体となって、社会的に光が当たらない部分に光を当て、隙間を埋めていく地道な活動が目立っています」と評価しています。

 原田 地域に深く根を張り、小さな声に耳を傾ける。そして、そこから国会議員との太いネットワークを生かして具体的に政策を実現し、地域社会の課題を解決していく。このような力があるのが公明党の地方議員なのです。

 大串 政治評論家の森田実氏は「公明党の地方議員には本当に頭が下がる。毎日、住民のもとへ、また、被災地で困っている人のもとへ足を運ぶ。涙ぐましい努力をしながら、困っている人に関わり続けている」「率直に言って、公明党は国の宝だと思う」と語っています。

 永石 今回の地方選は少子高齢化や人口減少などの課題に直面する社会にあって、新しい時代を切り開く人を選ぶ大切な選挙です。

 原田 前半戦と同様、後半戦も激戦になることは必至です。公明党の議員は気を引き締め、最後まで油断することなく動き、語り抜いていってもらいたい。

世界広布の大道 小説「新・人間革命」に学ぶ〉 第7巻 名場面編 2019年4月10日

世界広布の大道 小説「新・人間革命」に学ぶ〉 第7巻 名場面編 2019年4月10日

 
「文化の華」の章

 今回の「世界広布の大道 小説『新・人間革命』に学ぶ」は第7巻の「名場面編」。心揺さぶる小説の名場面を紹介する。次回の「御書編」は17日付、「解説編」は24日付の予定。(「基礎資料編」は2日付に掲載)

誓いは果たしてこそ誓い

 〈1962年(昭和37年)11月、学会は三百万世帯を達成。その報告を受けた山本伸一は、仏間に向かった〉
 
 唱題の声が、朗々と響いた。彼は、御本尊に向かい、師の顔を思い浮かべながら、心で語りかけた。 
「先生! 伸一は、先生にお約束申し上げました三百万世帯を、遂に、遂に達成いたしました。先生にお育ていただいた弟子一同が、力を合わせて成し遂げた、団結の証でございます……」
 思えば、戸田が三百万世帯の達成を伸一に託したのは、逝去の約二カ月前にあたる、一九五八年(昭和三十三年)の二月十日のことである。それは、戸田の五十八歳の誕生日の前日であった。
 この日の朝、関西の指導から夜行列車で東京に戻った伸一は、その足で戸田の自宅を訪ねた。(中略)
 学会は、前年の十二月には、戸田の生涯の願業であった七十五万世帯を達成していた。戸田は、伸一の顔を、まじまじと見つめて、言葉をついだ。
 「急がねばならんのだよ。伸一、あと七年で、三百万世帯までやれるか?」
 それは、戸田が熟慮の末に練り上げた、壮大な広布の展望であった。しかし、それを成すのは自分自身ではないことを、戸田は悟っていた。(中略)
 この時、伸一は、きっぱりと答えた。
 「はい、成就いたします。ますます勇気がわきます。私は先生の弟子です。先生のご構想は、必ず実現してまいります。ご安心ください」
 戸田は「そうか」と笑みを浮かべた――。
 戸田の思いは、そのまま伸一の誓いとなった。師から弟子へ、広宣流布の大願は受け継がれたのである。
 伸一は、この時の戸田の言葉を、片時も忘れることはなかった。そして今、一身をなげうっての激闘の末に、その誓いを成就したのである。
 誓いは果たしてこそ誓いである。現実に勝利を打ち立ててこそ弟子である。
 三百万世帯の達成は、決して、単に、時流がもたらしたものではない。山本伸一という、戸田城聖の真正の弟子の、必死の一念、必死の行動が、波紋となって広がり、広宣流布の渦潮をつくりあげていったのだ。(「文化の華」の章、86~88ページ)

宇宙をも包む大境涯に

 〈1963年(昭和38年)1月、伸一はハワイで、アメリカ総支部の副婦人部長で北米女子部の部長・春山栄美子らと懇談する〉
 
 春山栄美子は、山本会長と会った時には、これも報告しよう、あれも相談しようと思っていたが、実際に伸一を前にすると、何も言葉にならなかった。
 それを察してか、伸一の方から彼女に語りかけた。
 「春山さん、アメリカはどうだい」
 しかし、彼女は、何を言えばよいのかわからなかった。次の瞬間、こんな言葉が口をついて出ていた。
 「先生、アメリカは広いんです……」
 それは、動いても動いても、目に見える結果を出すことができないでいた栄美子の実感でもあった。
 伸一は、微笑を浮かべながら言った。
 「そんなことは、わかっているよ。でも、私から見れば、アメリカといっても、庭先のようなものだ。大事なことは、自分の境涯の革命だよ。
 地表から見ている時には、限りなく高く感じられる石の壁も、飛行機から眺めれば、地にへばりついているような、低い境目にしか見えない。同じように、自分の境涯が変われば、物事の感じ方、とらえ方も変わっていくものだ。逆境も、苦難も、人生のドラマを楽しむように、悠々と乗り越えていくことができる。
 その境涯革命の原動力は、強い一念を込めた真剣な唱題だ。題目を唱え抜いて、勇気を奮い起こして行動し、自分の壁を打ち破った時に、境涯を開くことができる。
 南無妙法蓮華経は大宇宙に通ずる。御書にも『一身一念法界に遍し』(二四七ページ)とあるじゃないか。宇宙をも包み込む大境涯に、自分を変えていくことができるのが仏法だ」
 その言葉を聞くと、彼女は、電撃に打たれた思いがした。
 “そうだ。アメリカが広いのではなく、私の境涯が狭く、小さなために、現実の厳しさに負けてしまっているにすぎないのだ。先生は、アメリカを、決して遠い国とは思っていらっしゃらない。離れていたのは、先生と私の心の距離ではなかったのか……”
 彼女は、目の前の霧が、すっと晴れていくような気がした
 (「萌芽」の章、114~116ページ)

学会は人間宗でいくんだ

 〈1月22日、伸一は、キリスト教イスラム教が二大宗教として並び立つ、中東のレバノンを視察した〉
 
 伸一は言った。(中略)
 「この中東にしても、ヨーロッパにしても、宗教の社会的な影響力や存在感は、日本と違って格段に重い。その宗教、宗派のうえに、政治的、社会的な利害が絡めば、問題はますますこじれてしまう。だから、対話といっても、宗派を超えた人間対人間の対話が必要だと、私は思う。つまり、同じ国民として、あるいは同じ人間として、まず、共通の課題について、忌憚なく語り合うことだ。そして、“共感”の土壌をつくっていくことが、最も大切ではないだろうか。それには、宗教や宗派で一律に人間を割り切ってしまうという発想を、転換していくことだ。
 私は、人を一個の具体的な人間としてではなく、民族や宗教、国籍、階級などの抽象的な集団としてとらえ、判別していくことは間違いであると思っている。そうした発想は人間を“分断”していくだけで、そこからは本当の対話も、真の友情も生まれることはない。
 レバノンの場合も、大前提、大原則は、同じ権利をもった国民、同じ尊厳と生存の権利をもった人間という視座に立っての、対話を始めることだ。“宗派”ではなく、“人間”を見つめ、宗派間の対話以上に、人間間の対話をしていく以外にない。(中略)
 そうした視点に立って、話し合いを進めていこうとしなければ、事態はますます紛糾していくだろう。
 実は、私がこれから、生涯をかけて行おうとしていることも、この“人間対人間”の対話を、世界に広げていくことです。仏教も本来、宗派などなかった。また、特定の民族や階級のためでもない。人間のために、一切衆生のために説かれたものです。大聖人の御心もまた、“一切衆生をどうすれば幸福にできるか”という、この一点に尽くされている。
 戸田先生は『学会は人間宗でいくんだ』と言われたことがあるが、どこまでも、人間が根本です。我々は、こういう大きな心でいこうよ
 (「早春」の章、264~265ページ)

冬は必ず春となる!

 〈4月9日の夜、台湾の台北支部長・朱千尋の自宅で、警察の立ち会いのもと、支部の解散を通達する会合が開かれた〉
 
 朱は、静かに語り始めた。
 「本日、四月九日、創価学会台北支部は、人民団体として許可が得られないため、政府より解散を命じられました。ここに解散を宣言いたします」(中略)
 この瞬間、彼の脳裏に、二カ月余り前の一月二十七日、あの松山空港で山本会長が語った言葉が鮮やかに蘇った。
 ――「何があっても、どんなに辛くとも、台湾の人びとの幸福のために、絶対に仏法の火を消してはならない。本当の勝負は、三十年、四十年先です。最後は必ず勝ちます」(中略)
 彼は唇をかみしめ、拳で涙を拭うと、力を込めて言った。
 「支部は解散しますが、中華民国憲法で、信教の自由は保障されています。誰憚ることなく、信心をしていくことはできます。私たちが幸福になる道は、決して閉ざされたわけではないのです。私たちに信心ある限り、冬は必ず、必ず、春になるのです」(中略)
 以来、警察は、一人ひとりに監視の目を光らせ、取り締まりを強化していった。突然、家に踏み込まれ、御本尊を持っていかれた人もいた。御書をはじめ、学会の出版物やバッジなども没収された。「信心をするなら牢獄にぶち込むぞ!」と、脅された人もいた。(中略)
 いかなる状況下でも、信心はできる。広宣流布に生きることはできる――それが朱の信念であり、決意でもあった。朱千尋は、時間を見つけては、個人的に同志を励ました。(中略)この“冬の時代”にあっても、正法は、自然のうちに、深く社会に根差していったのである。(中略)
 一九八七年(昭和六十二年)には戒厳令も解除され、九〇年(平成二年)には台湾の組織として「仏学会」が、晴れて団体登録されることになる。(中略)その後、文化祭などの諸活動による社会貢献の業績が高く評価され、内政部から“優良社会団体”として、何度も表彰されるようになるのである――。(「操舵」の章、386~391ページ)

 ※『新・人間革命』の本文は、聖教ワイド文庫の最新刷に基づいています。

 【挿絵】内田健一郎

創立90周年を勝ち開く!〉30 御聖訓「命限り有り惜む可からず」 広布の戦いに悔いを残すな 2019年4月4日

〈座談会 創立90周年を勝ち開く!〉30 御聖訓「命限り有り惜む可からず」 広布の戦いに悔いを残すな 2019年4月4日

他党圧する公明の政策実現力
〈出席者〉
原田会長
長谷川理事長
永石婦人部長
竹岡青年部長
大串女子部長
「平和の柱」「青年の眼目」「世界市民の大船」との誇りも高く、人々の幸福のため地域社会に尽くす創価の師弟。私たちの人間革命の闘争が、希望の仏国土を築きゆく!

 大串 希望あふれる春4月、新年度がスタートしました。

 原田 池田先生は、2日付の「新時代を築く」の中で、1958年4月、戸田先生ご逝去の翌日に行われた本部幹部会で、青年部の代表として“師恩に報いる道は、ただ一つ。師匠が命を懸けて戦われた広宣流布に邁進する以外にない”と師子吼したことを回想されていました。

 長谷川 そして、「この報恩の道こそ、地涌の若人が無限に続く創価桜の道であり、令法久住という平和の大道なのである」とつづられています。

 原田 その言葉通り、池田先生は戸田先生の構想をことごとく実現され、世界192カ国・地域に広宣流布即世界平和の道を切り開いてくださいました。

 永石 3月31日付の「四季の励まし」では、次のようにつづられていました。「正義の戦いを起こすならば、断じて勝つことだ。異体同心で進むことである」「我らの前進は、どこまでも信仰を根幹に、全民衆を幸福にしていくのである」と。婦人部は仲良く、朗らかに、人々のため、社会のために行動していきます。

 竹岡 青年部は、戸田先生が池田先生に託された「人生は強気でいけ!」「追撃の手をゆるめるな!」との遺訓を深く胸に刻み、全ての戦いに勝利してまいります。

 長谷川 この大切な時、広布の戦いにあって「もっと本気で戦うべきだった」「あの人にも語ればよかった」などという後悔を、断じて残してはなりません。

 原田 日蓮大聖人は「命限り有り惜む可からず遂に願う可きは仏国也」(御書955ページ)と仰せです。「これくらいでいいだろう」という安易さや惰性の心を打破し、一日一日を勝ち切ってまいりたい。どこまでも師弟共戦の心で、勝利を開いていこうではありませんか。

地方と国会の連携

 永石 統一地方選の前半戦である道府県政令市議選の投票日(4月7日)まであと3日です。

 長谷川 これからの地域社会の舵取りを担う議員を選ぶ大切な選挙です。公明議員は語りに語り、激戦を勝ち抜いてもらいたい。

 永石 過去10回の統一地方選についての調査によれば、「候補者の情報が不足している」と感じる人の割合が年々、増加傾向にあるそうです。

 竹岡 最もその声が多いのが道府県議選です。前回の調査では、投票を棄権した人の理由で4分の1を占めたのが「政党の政策や候補者の人物像など、違いがよくわからなかったから」との答えでした。また、どの調査でも多いのが「支持政党なし」です。

 長谷川 議員が、どんどん政策や実績をアピールしていくことが大事になりますね。私たちが支援する公明党には、他党にはない、地方議員と国会議員が「連携プレー」で政治を進めていくネットワークの力があり、確かな政策実現力があります。

 大串 今回の注目は、統一地方選として初めて「18歳選挙権」が適用されることでもあります。若者の動向が注目されています。

 竹岡 2016年の参院選で投票した18歳~20歳のうち、政党や候補者を選んだ基準として、一番多かったのが「自分の考えに近い政策を訴えていたか」。次いで「家族や知人の評価」でした。

 大串 また、18歳~20歳代では、実に3割以上の人が投票日当日に投票先を決めたという統計もあります(2017年の衆院選)。

 原田 公明党の議員は、日頃から若者との対話を重ねています。その中から、最低賃金アップや、奨学金の拡充など数々の政策が生まれ、実現してきた豊富な実績があります。ですから、語れば語るほど、若者世代に理解が広がっています。

SNSを広く活用

 竹岡 投票日前日の4月6日(土)までは、インターネットを利用した選挙運動が可能です。

 大串 普段、仕事が忙しい等の理由で、なかなか会えない友人、電話がつながりにくい友人に、ライン、フェイスブックなどSNSを活用して、候補の実績や支援依頼を送っている人も多いですね。

 永石 今や、SNSを利用しているのは、若者だけではありません。60歳~79歳の方の4割が、ラインを利用しているという統計もあります。

 大串 SNSも広く活用し、民衆のために徹底して働く公明党の実績や真の姿を訴えていきたいですね。

 原田 今、福祉の充実や教育、防災・減災対策、また、財政のムダ削減など、公明党が長年、訴えてきたことが国や自治体の政策として定着してきています。

 永石 そうした公明党の実績について、政治評論家の森田実氏は「気がつけば公明党」と表現されています。「良い制度ができたな」と思う政策は「すべて公明党主導で行われたもの」という意味合いです。

 竹岡 “夜回り先生”こと水谷修氏は「他党の場合、国会議員を頂点に、その下に地方議員がいるというピラミッド型の関係になりやすいのですが、公明党は違います。『困っている人、大変な人の代表』という同じ使命感を共有する仲間として一体となって動くからです。ひきこもり対策や危険ドラッグ対策など数多くの取り組みを具体的に前進させてくれています」と語っています。

 長谷川 本物の政治家とは、政策をどう実現に導いたのか、具体的に語れる人です。地域に足を運び、小さな声に耳を傾ける。その声から政策を立案し、議会で合意を形成する。そうした過程を自分の言葉で語れるのが公明議員なのです。

 原田 「大衆とともに」の原点を忘れず、公明党には各地の地方選に断じて勝利し、地域社会の発展へ大きく貢献してもらいたい。

創価大学・女子短期大学入学式への池田先生のメッセージ 2019年4月3日

  1. 創価大学・女子短期大学入学式への池田先生のメッセージ 2019年4月3日
新時代の創造的世界市民と育て
向学と挑戦の青春を
新出発の喜びにあふれる創大・短大の新入生。「創立者への感謝を胸に勉学に励みます!」「親孝行できる人に成長します!」など決意を口々に

 一、武蔵野の天地に、新しい春が来ました。厳しい冬を越え、花は咲き、鳥も歌い、新入生の皆さんを歓迎しております。
 何よりも、皆さん一人一人こそが、躍動する希望の春の生命そのものなのであります。
 創価大学は49期生の皆さん、創価女子短期大学は35期生の皆さん、また大学院生の皆さん、さらに通信教育部の皆さん、そして留学生の皆さん、誉れの入学、誠におめでとう! 私の創立した大学に、よくぞ来てくれました。
 送り出してくださったご家族の方々にも、心よりお祝いと御礼を申し上げます。
 今日は、地元・八王子の方々からも深く愛されている、我らのキャンパスの桜並木を一緒に散策しながら語り合う思いで、簡潔に三つの指針を送ります。
 一、第一に、「地球民族の和楽のスクラムを広げよ!」と申し上げたい。
 思えば、わが創大の起工式を行ったのは、50年前の今日この日でありました。
 4月2日は、創価教育の源流である私の師匠・戸田城聖先生の祥月命日であります。
 起工式の折、私は、植樹してまもない桜など、1万6000本の苗木を見晴らしつつ、やがて桜梅桃李の花また花に彩られゆく未来のキャンパスに思いをはせました。
 とともに、戦後いち早く、わが恩師が提唱した「地球民族主義」という遠大な平和のビジョンを実現する大学へと発展させゆくことを、強く心に期したのであります。
 半世紀を経て、今、その通りになりました。スーパーグローバル大学として、世界との学術・教育交流も、60カ国・地域、200大学を超えております。
 皆さんには、かけがえのない自分自身を、第一級の力ある世界市民に錬磨し、使命の大空へ堂々と飛翔しゆく最高の環境とチャンスが、広々と開かれています。
 創大・短大の先生方、また職員の方々も一段とフレッシュな息吹で、皆さんを迎えてくれております。
 不思議な縁で集い合った世界の良き学友たちと互いに励まし切磋琢磨しながら、人類の平和と共生の縮図ともいうべき「地球民族の和楽のスクラム」を、仲良く朗らかに築き、広げていっていただきたいのであります。

自らの努力で

 一、第二に申し上げたいのは、「新時代を開く学びの新風を起こせ!」ということです。
 新しい時代は新しい英知から生まれる。そして、新しい英知をたゆみなく生み出すのが大学であり、その英知の新風を起こすのが、新入生の皆さんなのです。
 私の敬愛してやまない「現代化学の父」ポーリング博士も、大学の新1年生と共に学ぶことを、ことの外大切にされ、喜びとされていました。
 皆さんは今、胸に抱いているみずみずしい向学と探究、挑戦と独創の初心を、誇りとし、宝として、一日一日、いよいよ輝かせゆく学びの青春であってください。
 学ぶことこそ、青春の権利であり、人間の誉れなのであります。学ぶ生命には、断じて行き詰まりはありません。
 私が共に対談集を発刊した中国を代表する文豪・王蒙元文化相が語っていた至言が思い起こされます。すなわち「我、学ぶゆえに我あり」と言われるのであります。
 さらに王蒙先生は、青年たちへの期待と信頼を込めて、「学習は頭脳と魂に光と未来を与えてくれます」と語られました。
 とりわけ若き日、ご自身が異郷の地での逆境に負けず、学ぶ喜びを見いだし、語学を習得された体験を踏まえて、エールを送ってくださっております。
 「人生を生き抜くには、開かれた心を持つことです。異なる文化に対する関心を持つことです」「異なる言語を学ぶなかで、世界を感じ、生命を感じ、愛と信仰を、人間の力を、大自然の力を感じることです」と。
 ともあれ「新時代」とは、受け身で待つものでもなければ、流されるものでもない。
 若人こそが先駆して、自らの学びの努力で切り開いていくものでありましょう。
 「我らが学んだ分だけ、時代は進み、社会は勝ち栄える」との気概をもって、この平和のフォートレスから自在闊達なる知性の新風を巻き起こしてください。

民衆を照らせ

 一、第三に、「創造的生命の旭日を昇らせよ!」と申し上げたい。
 私の忘れ得ぬ友に、アカデミー・フランセーズ会員で、世界的な美術史家ルネ・ユイグ先生がいます。
 ルーブル美術館の人類の至宝をナチスの魔手から守り抜いた文化の闘士であり、東京富士美術館を最大に応援してくださった大恩人です。
 ユイグ先生の信条は「生命は創造が目的」(西野嘉章・寺田光徳訳『かたちと力』、潮出版社刊)ということです。
 だからこそ、私たちの「創価」つまり「価値創造」の哲学に限りない共鳴を寄せられていたのです。
 先生の盟友であるリディ・ユイグ夫人も、“一人一人が、まだ知らない自分自身の生命の内なる力と可能性を信じて開拓する。その時に、闇のように見える現実から暁に近づくことができる”と明晰に論じておられました。
 短大は明年の開学35周年、創大は明後年の開学50周年を目指して、いやまして「創造的世界市民」の育成に力を注いでおります。
 この学城で、思う存分、自らの創造的生命の旭日を決然と昇らせていってください。そして、大恩ある父母を包み、尊き民衆を照らし、さらには、いまだ混迷の闇深き世界を赫々と晴らして、人間主義の凱歌の暁を告げていただきたいのであります。
 結びに、わが命たる皆さんの健康と無事故、大成長を祈り、和歌を送ります。
  
 青春の
  旭日昇れ
   限りなく
   勝利の暁
    勇気の光で
  
 今日は、本当におめでとう!
 これから一緒に栄光の歴史を創りゆこう!(大拍手)

〈池田先生と共に 新時代を築く〉 2019年4月2日

〈池田先生と共に 新時代を築く〉 2019年4月2日

師弟の勝利桜よ咲き誇れ
 

 わが師・戸田城聖先生の祥月命日である4月2日が桜花とともに巡り来た。
 北陸と北海道――冬の厳しい北国を故郷とする恩師は、爛漫の春を告げる桜をことのほか愛されていた。
 「大作、厳寒の冬を耐えて、また桜が咲いたな」
 師の声を胸に、折々に総本部の周辺を車で回りながら、全国各地で広布に走る宝友たちに届けと、題目を送る日々である。
 皇居のお堀端に近い国立劇場の桜も見事であった(3月27日)。
 「ここで学園生が琴を奏でてきましたね」と妻が微笑んだ。東京・創価高校と関西創価高校箏曲部が優秀校として、この20年来、毎夏のように公演を重ねているのである。
 お堀端といえば、先生の事業が最悪の苦境にあった春の日、一緒に歩いたことが蘇る。急に冷たい雨が激しく降りだしたが、傘もなく、タクシーも来ない。当時のGHQ(連合国軍総司令部)のビルが高くそびえ立っていた。
 私は先生に申し上げた。
 「必ず、将来、先生に乗っていただく車も買います。広宣流布のための立派なビルも建てます。どうか、ご安心ください」
 今、いずこにも、創価の“桜の城”が輝いている。
 恩師が霊山へ旅立たれた翌日の本部幹部会で、私は青年部代表として訴えた。
 “師恩に報いる道は、ただ一つ。師匠が命を懸けて戦われた広宣流布に邁進する以外にない”
 この報恩の道こそ、地涌の若人が無限に続く創価桜の道であり、令法久住という平和の大道なのである。
 * * * 
 災害や争いが絶えず、不幸が渦巻く濁世にあって、日蓮大聖人は、留難の新潟・佐渡で宣言なされた。
 「我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず」(御書232ページ)
 この御本仏の大誓願に連なる創価の師弟は、「平和の柱」「青年の眼目」「世界市民の大船」として、いやまして民衆の幸福と安穏のために戦い勝っていくのだ。
 「人生は強気でいけ!」「追撃の手をゆるめるな!」との恩師の厳たる師子吼のままに。
 * * * 
 師に捧げた小説『人間革命』全12巻が完結した折、私は聖教新聞本社の前庭に「師弟桜」を植樹した。四半世紀を経て、仰ぎ見る大樹と育った。
 そして『新・人間革命』全30巻を完結させて迎えた最初の春。あの地でもこの地でも、わが愛弟子たちが、師弟の勝利桜を咲かせゆく晴れ姿を、恩師は笑顔で見守られているに違いない。

〈世界広布の大道――小説『新・人間革命』に学ぶ〉 第7巻 基礎資料編 2019年4月2日

〈世界広布の大道――小説『新・人間革命』に学ぶ〉 第7巻 基礎資料編 2019年4月2日

物語の時期 1962年(昭和37年)8月1日~1963年4月
「早春」の章
         

 今回の「世界広布の大道 小説『新・人間革命』に学ぶ」は第7巻の「基礎資料編」。各章のあらすじ等を紹介する。次回の「名場面編」は10日付、「御書編」は17日付、「解説編」は24日付の予定。

「文化の華」の章

 偉大な宗教は、偉大な文化を生む。
 山本伸一は、広宣流布とは、仏法の慈光をもって民衆の大地を照らし、新しい「文化の華」を咲かせゆく運動であると考えていた。
 1962年(昭和37年)は、民衆文化の興隆に力が注がれた年であった。1月には東洋学術研究所(後の東洋哲学研究所)が創設されたのをはじめ、8月には教育部の全国大会が開催された。さらに、「富士吹奏楽団」なども相次ぎ結成される。
 各方面では、体育大会“若人の祭典”が開かれ、9月の本部幹部会では、文化局に新たに学術部と芸術部が誕生した。また、各地で音楽祭が盛大に催され、首都圏のメンバーを中心に第1回文化祭も行われた。伸一は、この見事な文化祭こそ、民衆勝利の姿であると賛嘆する。
 10月、ソ連キューバへの核ミサイル運搬を巡って、米ソ両国が一触即発の事態となる。“キューバ危機”である。
 11月、学会は、伸一が戸田城聖に誓った会員300万世帯を達成。伸一は、“次は、いよいよ600万世帯だ”と、広布大願への決意を新たにする。

「萌芽」の章

 63年(同38年)1月8日、伸一は未来のために、世界広布の布石を打とうと、世界一周の平和旅へ。
 最初の訪問地であるアメリカのハワイでは、ハワイ支部の結成式を兼ねたハワイ大会が開催された。伸一は、「ハワイに弘教の大法旗よ翻れ」と訴え、また、皆からの質問を受ける。
 一行は、ハワイのカウアイ島を訪れ、10日には、ロサンゼルスに到着。12日、アメリカの西部総会が行われ、席上、ロサンゼルス会館のオープンが発表される。
 伸一は、メンバーの、功徳と歓喜にあふれた姿を見て、厳しい冬の試練に耐え、いよいよ「萌芽」の春を迎えたと語る。
 13日の夜、彼はニューヨーク支部の結成大会となる東部総会に出席。国際政治のうえでも重要な立場にあるアメリカに、仏法が流布するということは、世界平和の大潮流をつくることになると、メンバーの活躍に期待を寄せた。
 伸一は、妙法の太陽に照らされて、アメリカの各地に、地涌の若芽が育っていることを確信し、ヨーロッパへ向かう。

「早春」の章

 1月15日、パリに到着した伸一は、翌日、ヨーロッパ総支部・パリ支部結成大会に臨む。ここには、結成されたばかりのドイツ支部などからも代表が参加。伸一は、ヨーロッパにも、太陽が輝く「早春」が訪れたと述べ、メンバーに、「皆さん自身が、家庭に、地域に、職場に、社会に、幸福と平和の春をもたらす太陽」であると訴える。
 激励行は、スイス、イタリアへと続き、22日には、キリスト教イスラム教が二大宗教として並び立つ中東・レバノンを視察する。
 さらに、タイなどを経由し、香港へ。伸一は、同行していたタイのバンコク支部の婦人部長から、警察に呼ばれ、活動の自粛を求められたとの話を聞く。彼は、諸外国にあって、学会への誤解をとき、理解を促していくために、自分が各国のリーダーと対話していこうと決意する。
 香港では、3地区が結成され、27日、一行は帰国の途に就こうとするが、飛行機のエンジントラブルのため、便を変更し、台湾の台北を経由することになる。そして、空港で、伸一の訪問を待ち望んでいた同志と対面し、激励する。

「操舵」の章

 1月24日夜、総本山に登山し、新潟駅に向かう学会員の乗った団体列車が、豪雪のため、新潟県の宮内駅で立ち往生する。車内で待機する会員に対し、地元同志は、吹雪の中、オニギリや味噌汁などを届け、懸命に支援を続ける。輸送班の青年たちは、皆を元気づけようと学会歌の指揮を執り、大合唱が広がる。その後、長岡駅でも止まり、28日午前0時過ぎ、運転が再開される。混乱は一切なく、信仰の力の証明となった。
 2月11日、伸一は、婦人部への指針「婦人部に与う」を書き上げる。彼はその中で、「創価学会婦人部こそ、妙法をだきしめた、真の女性解放の先駆者である」と綴る。
 4月9日、台湾の台北支部が政府の命令により解散となる。メンバーは“冬は必ず春になる”との思いで、弾圧に耐え抜き、27年後、晴れて団体登録される。そして、台湾社会に深く根差し、“優良社会団体”として表彰されるまでになる。
 伸一は、台湾の組織が解散させられたことで、いよいよ、世界広布は激浪の時代に突入したことを自覚する。広布の未来は、すべて、彼の「操舵」にかかっていたのだ。

 ※『新・人間革命』の本文は、聖教ワイド文庫の最新刷に基づいています。

【挿絵】内田健一郎 【題字のイラスト】間瀬健治