〈随筆 「人間革命」光あれ 池田大作〉 師弟凱歌の言論城 2019年10月3日

〈随筆 「人間革命」光あれ 池田大作〉 師弟凱歌の言論城 2019年10月3日

正義の師子吼で民衆に希望の光を!
世界聖教会館と共に対話の王者と勇み立て
「平和の地球」照らす太陽の仏法
この言論の城から希望の光よ世界へ広がれ! 「創価学会 世界聖教会館」が堂々と(池田先生撮影。9月14日、東京・信濃町で)

 清々しい青空が広がる九月二十八日の午前、「世界聖教会館」の真新しい館内に足を運んだ。
 礼拝室の言論会館で勤行・唱題を行い、深く強く誓願の祈りを捧げた。
 いよいよ、この新しき師弟の言論城から、世界広宣流布の新しき波を起こすのだ!
 人間主義と生命尊厳の旗を掲げて、「希望の光」「常楽の光」「平和の光」を広げゆくのだ!
 そして、日本と世界の読者をはじめ、聖教につながる一切の方々が、健康で幸福であるように!
 なかんずく、日々、我らの聖教を配達してくださっている“無冠の友”が、どうか、絶対に無事故であるように!と真剣に題目を送った。
 図書資料室では、聖教新聞の爽やかなコマーシャルも拝見した。ここでは、世界各国の機関紙・誌や日本及び海外の出版物が閲覧できる。
 電子版の「セイキョウオンライン」には、実に百九十八カ国・地域からアクセスがあるという。
 「日本中、世界中の人に読ませたい」と言われていた戸田先生が、どれほど喜ばれるか。
 第二代会長就任を目前に、先陣切って創刊された聖教新聞は当初、新宿・百人町にあった先生の事務所で制作され、作業場は間もなく市ヶ谷のビルに移った。狭い狭い編集室で、先生を囲んで新聞を作った日々――苦しくも楽しき歩みを思い起こしながら、妻と感慨深く語り合った。

前進、前進、前進

 この九月二十八日は、実は一九七〇年(昭和四十五年)に、これまでの聖教新聞本社屋の落成式が行われた日でもあった。奇しくも、あれから五十年目となる。
 あの当時、いわゆる「言論問題」が惹起し、学会は無理解の非難にも晒されていた。その中で完成した聖教本社屋は、烈風に向かって敢然と聳え立つ新生の城であった。
 落成式の折、私は申し上げた。
 「心も一新して出発しよう。日々、自分の惰性を打ち破っていくことが、良い新聞をつくる最大の要件だ。一日一日が戦いだよ……前進、前進、前進なんだ」
 半世紀を経た今、再び新たな人間革命の心で、新たな前進の「希望」と新たな前進の「勇気」を送っていきたい。

破邪の剣掲げて

 世界聖教会館の一階入り口に設置された「師弟凱歌の碑」に私は記した。
 「立正安国と世界広布の大言論城たる此の地から、永久に師弟共戦の師子吼が放ちゆかれることを信ずるものである」
 「師子吼」といえば、法華経の勧持品では、釈尊の御前に勢揃いした弟子たちが、「師子吼を作して、誓言を発さく」(創価学会法華経四一七ページ)と説かれる。
 すなわち、仏滅後の悪世にあって、十方世界を舞台に法華経を弘通することを力強く誓願した、弟子たちの誓いの言葉を「師子吼」と表現されているのだ。
 御本仏・日蓮大聖人は、この深義を御義口伝で「師とは師匠授くる所の妙法 子とは弟子受くる所の妙法・吼とは師弟共に唱うる所の音声なり」(御書七四八ページ)と教えてくださった。
 「師子吼」とは、師弟不二の心で妙法を唱え、「正義」を叫び切っていくことに他ならない。
 勧持品で、弟子たちが師子吼して示したことは何であったか。「三類の強敵」の迫害に屈せず、不惜身命で戦い抜いてみせる、との誓願である。
 青年部の友が今回の教学試験で研鑽した通り、
 三類の強敵とは――
 第一に俗衆による悪口罵詈等の迫害である。
 第二に傲慢で邪智の僧侶らによる迫害である。
 そして第三に、世の尊敬を集める高僧を装い、権力者と結託した僭聖増上慢による迫害である。
 大聖人直結の我ら創価の師弟は、僭聖増上慢をも駆り出し、異体同心で「三類の強敵」と決然と戦い続けてきた。
 それは、聖教新聞を正義の宝剣として、一人ひとりが勇敢に忍耐強く貫き通す大言論戦である。
 我らは、断固として勝ちに勝った。晴ればれと「破邪顕正」の勝ち鬨をあげた。百九十二カ国・地域の平和・文化・教育の連帯は、いよいよ威光勢力を増している。これこそ、歴史に永遠に輝く民衆仏法の凱歌である。
 不思議にも、今この時、世界聖教会館が誕生したことは、御本仏が創価の師弟を御照覧くださり、讃嘆してくださっている、何よりの証しなりと確信するものである。
 我らの言論城は、永久に師弟共戦の「師子吼の大城」だ。
 「各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ」「彼等は野干のほう(吼)るなり日蓮が一門は師子の吼るなり」(御書一一九〇ページ)
 どこまでも、この御金言通り、この世で最も強き「師子吼」を轟かせ、人生と社会のいかなる悲嘆も絶望も吹き飛ばし、共に勝ち進みゆくのだ。

幸福な人の王国

 世界聖教会館から、間近に輝き見える世界女性会館をカメラに収めた。
 二〇〇〇年の九月に開館して以来、「女性の世紀」の宝城として、世界の宝友を迎えている。
 近隣にお住まいで、ウクライナの駐日大使だったコステンコ氏と、詩人として名高いリュドミラ夫人は、この女性会館を「心美しい人、幸福な人が集う王国」と形容された。
 しかも、来館者を「会館に入る時以上に、出てくる姿は、もっと美しい」と讃えてくださった。
 これこそ、「蘭室の交わり」を広げる創価の城の福徳の力なのである。
 折しも九月二十八日は一九七五年(昭和五十年)に、当時の女子部の「青春会」が発足して四十五年目の日であり、世界女性会館では結成記念の会合が行われた。
 「一生涯、題目と広布」との誓いのままに、仲良く励まし合いながら走り抜いて、世界の華陽姉妹の道を開いてくれた模範のスクラムである。
 皆の元気な近況を妻からうれしく聞きながら、「年は・わか(若)うなり福はかさなり候べし」(御書一一三五ページ)との実証を、ますます朗らかに、と題目を送った。

一滴から大河へ

 「諫暁八幡抄」には、仰せである。
 「月は西より東に向へり月氏の仏法の東へ流るべき相なり、日は東より出づ日本の仏法の月氏へかへるべき瑞相なり」(同五八八~五八九ページ)
 大聖人が願われた、「仏法西還」「一閻浮提広宣流布」を現実のものとしたのは、創価学会である。
 日興上人の指南を伝える「五人所破抄」に、「本朝の聖語も広宣の日は亦仮字を訳して梵震に通ず可し」(同一六一三ページ)と説かれる如く、文字・言論が具える普遍の力で、あらゆる壁を越えて、今やこの地球上に、日蓮仏法の大光が届かない所はない。
 先日は、学会代表団、青年文化訪印団が、仏教発祥のインドに赴いた。
 ニューデリーにはインド創価学会(BSG)の新「本部」が落成、首都近郊にある創価菩提樹園には「講堂」の誕生……わが地涌の同志の歓喜がはじける、誠に晴れがましい慶事が続いた。
 一九七九年(昭和五十四年)二月、私がインドを訪れた折、メンバーは百人にも満たなかった。しかし私は“ガンジスの大河も一滴から”と、尊き使命の友を励ました。
 ここから我が同志は、勇気ほとばしる息吹で、悠久の大地に幸福と友情と信頼という妙法の種を蒔き続け、この四十年で、二十二万人を超える偉大な地涌の人華と咲き誇っているのである。
 微笑みの王国・タイの広布の大発展も目覚ましい。明年には、待望の研修センターが完成する。
 毎日、インド、タイからの報告を伺い、眩いばかりの友の笑顔を聖教紙上で拝見しながら、何度も何度も万歳を叫び、喝采を送る思いであった。
 「諫暁八幡抄」には、さらにこう仰せである。
 「月は光あきらかならず在世は但八年なり、日は光明・月に勝れり五五百歳の長き闇を照すべき瑞相なり」(同五八九ページ)
 広宣流布は、世界へという「横の広がり」とともに、世代から世代への「縦のつながり」によって織りなす大絵巻だ。
 世代を重ねるごとに、いよいよ力ある「従藍而青」の人材を育成する。これが、末法万年尽未来際の「令法久住」を開く大道である。

新たな「大城」を

 思えば、戸田先生が「城聖」とのお名前を、初めて記されたのは、法難の獄中であった。
 恩師は、殉教の師・牧口常三郎先生の分身として出獄され、民衆を守り抜く「正義の城」「人材の城」「平和の城」を、厳然と築かれたのである。
 今も、先生の声が聞こえるようだ。
 「私は城聖、君は大作だ。一緒に、偉大な『創価の大城』を作ろうではないか!」
 聖教の「聖」の文字は、わが城聖先生の「聖」に通じ、そして「耳」と「口」の「王」と書く。恩師さながらに「対話の王者」「言論の王者」たれとの意義と、私は命に刻んできた。
 世界聖教会館は、その正面を東天に向けて聳え立つ。まさに昇りゆく旭日と共に輝き光る大城であるといってよい。
 この「太陽の言論城」を仰ぎつつ、いやまして勇気と励ましの語らいを、わが地域へ、世界へ明るく広げ、共々に「平和の地球」を照らしゆこうではないか!
 (随時、掲載いたします)