継承と革新

SEIKYO online (聖教新聞社):文化

伝統芸能〉 継承と革新 日本舞踊の新しき挑戦 松本流三世家元 松本錦升さん(七代目市川染五郎さん) 2017年6月13日

3年ぶりの新作公演(日本舞踊協会主催)
第1回「未来座~賽(SAI)」を巡って

 日本舞踊協会が主催する第1回「日本舞踊 未来座~賽(SAI)」が6月15日(木)、東京・国立劇場小劇場で幕を開ける(18日〈日〉まで)。同協会が3年ぶりに復活させた新作公演で、今回は「水」をテーマにした4作品を上演する。この公演で2作品に出演するとともに、その1作で演出・振付も行う松本流三世家元の松本錦升さん(七代目市川染五郎さん)に、作品や公演に臨む思いなどを聞いた。

 ――15日から、4日間・全9回の公演が始まります。
  
 四つの作品を一度に見ていただきますが、過去・現在・未来という時間の流れに沿った構成になっています。
 一つ目の「水ものがたり」は中村梅彌先生(中村流八代目家元)の演出で、私も出演させていただきます。ストーリー(筋)のある作品で、音楽は常磐津という古典の曲ですけれども歌詞は現代の言葉です。「分かる」ということをとても大事にした作品です。
 「女人角田~たゆたふ~」は、橘芳慧先生(橘流三代目家元)が演出される作品。以前に上演されたものを新演出で作り替えたものです。現にあるものを進化させて変える挑戦といえるでしょう。
 続く「当世うき夜猫」は花柳輔太朗さんの演出で、上妻宏光さんの津軽三味線の音に乗せた、現代に生きる猫たちの物語です。猫の世界を人間社会に見立てた、風刺の効いた作品だと思います。日本舞踊という古典の表現の仕方を身に付けた方々が、どれだけ現代を表現できるかという挑戦でしょうか。
  
 ――ご自身が演出・振付を担当し、出演もされる作品は四つ目ですね。
  
 私が演出と振付をさせていただく「擽―くすぐり―」は水の未来をテーマにした作品です。踊りに定義があるとすれば、唯一のものが「リズムに合わせて体を動かす」ということだと思うのです。もちろん、状況や気持ちを説明することも踊りの役割といえるでしょう。しかし、もっと突き詰めると、リズムに合わせて体を動かすことが踊りの根本ではないかと思うのです。
 ですから、何かを具体的に説明する振りは一切ありません。そのかわり、始まりから終わりまで、全員がリズムに合わせて体を動かし続けます。そうやって作るものも一つの作品として成立するのではないか、という挑戦です。
  
 ――公演のタイトルである「SAI」には「継承」と「革新」(Succession And Innovation)という意味が込められているそうですね。
  
 「継承」とは先人への尊敬ということでしょうか。また、自分の体で先人を体現すること。それを、私は継承と捉えているように思います。
 先人が作り、残したものを、今を生きている現在の人たちに伝える。それは、先人が残したことを「すごい」と感じるからだと思うのです。だからこそ、自分もやりたくなるし、憧れる。私は常に「先人って、すごいでしょう」という気持ちで舞台を勤めています。
 「革新」は進化ということになるかもしれません。
 先ほどの継承への気持ちがあると、「では自分に何ができるのか」という悔しさが生まれてきます。やればやるほど、こんなにすごいものを先人たちは作ってきたのかという実感と、それを自分が進化させたいという思いが湧いてくる。
 その“始まり”に自分もなれないかと湧き上がってくる気持ちが、これまでに見たことがない新しいものを創造しようというエネルギーになるのかもしれません。
  
 ――出演者は、今後の日本舞踊界を担う、各流派の精鋭の方ばかりです。
  
 踊りが本当に好きな人ばかりだと思うのです。この人たちを、一人でも多くの方に知っていただきたい。この人たちが今まで勤めてきた舞台の中で、最も輝いて見える場にしたいと思っています。
 日本舞踊の面白さ、楽しさ、格好よさ、かわいらしさ、そして気持ちよさ。
 例えば、日本の音楽はリズムが多彩で、実はリズムが取りづらい。それでも、鳴り物と三味線と歌、踊り手がバチッと合う瞬間がある。決して割り切れないように思えるところでも割り切れてしまう気持ちよさも、日本舞踊の魅力です。
 出演するのは、そういうものを表現できる力を持った方ばかりです。その生き生きとした姿を、ぜひ見ていただきたい。一つのことを極めた人たち、その集団の姿を生で見るのは、日本舞踊という枠を超えて、面白く、刺激のある時間ではないかと思います。
 新作公演を復活させた第1回でもあり、ぜひとも、劇場へ足を運んでくださることをお待ちしています。

 まつもと・きんしょう(いちかわ・そめごろう) 1973年、東京都生まれ。父は九代目松本幸四郎。79年に歌舞伎座「侠客春雨傘」で三代目松本金太郎を襲名し初舞台を。81年、歌舞伎座仮名手本忠臣蔵」七段目の大星力弥ほかで七代目市川染五郎を襲名。95年に日本舞踊松本流三世家元を襲名。演劇やテレビドラマ、映画にも数多く出演する。芸術選奨新人賞など。日本舞踊協会理事。