〈グローバルウオッチ〉 「家族」のかたち1

SEIKYO online (聖教新聞社):聖教ニュース

〈グローバルウオッチ〉 「家族」のかたち1 2017年7月8日

「個人の自立」の先に親子の和が見える
木南研二さん㊧と母・信惠さん。信惠さんは本紙の配達を続けて今年で30年になる

 現代社会の課題と向き合う「グローバルウオッチ」。7月は、若者を取り巻く「家族」について考える。最小単位の社会といわれる家族は今、世界各地でどのような課題に直面しているのか。創価の思想・哲学は、その状況に、どのような価値を提供できるのか。今回は、日本と韓国の親子を取材した。(記事=金田陽介)

距離

 父親の記憶はない。
 岡山県美作市の木南研二さん(圏男子部書記長)は、生後間もなく両親が離婚し、母・信惠さん(地区婦人部長)に育てられた。1986年(昭和61年)、木南さんが4歳の時、母子で入会した。
 信惠さんは、土木工事の現場などで働いた。祖父母が、木南さんの親代わりだった。
 木南さんは中学生になると、学校に行かなくなった。「テレビゲームに夢中になったから」だと本人はいう。
 違う理由もあった、と信惠さんは思っている。脳裏に浮かぶ当時の出来事がある。ある日、野球好きの息子に連れられ、空き地でキャッチボールの相手をさせられた。信惠さんの不慣れなボールは、何度やっても真っすぐに届かない。いら立ち、怒鳴り散らす息子の感情を、父親役も務めようと覚悟してきた母は、黙って受け止めた。
 信惠さんはミシンを買った。仕事を自宅でできる縫製業に変え、わが子と接する時間を増やそうとしたのだ。
 “子どもの成長を長い目で見よう”との、創価学会の先輩のアドバイス。だが、家の壁にはこぶしの穴、母の体にはあざが増える。息子は、中学の卒業式も参加できなかった。
 何とか入った高校も、10カ月で中退。その頃、昔から木南さんを知る、地元の男子部メンバーが訪ねて来るようになった。うるさいことは言わない。木南さんの部屋に入り、隣にあぐらをかくと、一緒にゲーム機のコントローラーを手にした。
 「悪い気はしなかった」
 次第に、木南さんは誘われるまま学会の会合へ。周囲の男子部員たちが語る、悩みと、それに立ち向かう日々の充実。“自分も、こうなりたい”と思った。
 24歳になった時、頃合いを見たように男子部の先輩が言ってきた。「自分を変えたいなら、本気で決意せんと変わらんよ」
 言われて気付いた。自分は、この人のように、本気で他人に関われる人間になりたかったのだ、と。
 「手本にできる人が身近にいるから、その姿に重ねて、自分がなりたい理想像を明確にできる。それが創価学会なんだと知りました」
 それから11年――学会の中で他者を励ます実践を続け、心の成長を追求してきた。今は建築会社の正社員。「昔よりは、悩みから逃げない自分になれたでしょうか」と木南さんは笑う。
 信惠さんは、「男子部の先輩が来てくれるようになって、この子は変わりました。今では、私に御書を教えてくれるまでになったのがうれしいです」と。
 お母さんに何か言いたいことは、と木南さんに聞いた。
 「あまり面と向かって言葉にしたことがないんで……」。考えるが、言葉は出ない。かつての記憶がよみがえってきたのだろうか。やがて、木南さんは、黙って涙を落とし始める。
 「泣かんでもええが」
 信惠さんは、つぶやくように言って、表情を緩めた。
 * 
 「あなたにとって一番大切と思うものはなんですか」という質問への回答の変化を、長年、追っている調査がある(注1)。「家族」と答えた人は、1958年には全体の12%。しかし、2013年には44%に達し、最も多い答えとなった。
 一方、家族は社会とともに変化している。「家族は存在感を薄めています。個人主義の人々が増え、家族という形態が今の社会にはぴったりとなじまないかのようです」(注2)、「個人化する家族という概念が、1980年代後半から90年代の日本で流布された。現代では家族崩壊、家族機能の低下、家族の危機、といったことが大きな社会問題になっている」(注3)という変化である。
 確かに家族は「個人」の集まりだ。その関係は、距離感が近すぎても、遠すぎても難しい。であるならば、家族と向き合う個人が、周囲の支えの中で自らの歩み方を見つめることも、一家和楽に至る要件だろう。ゆえに学会は、周囲に「開かれた家族」「開かれた家庭」を、目指す家族像の一つとしてきた。

本音

 韓国の北東部・江原道に住む李茶貞さん(圏女子部長)は、3姉妹。小学4年生の時、両親が離婚した。暴力を振るう父が嫌いだった。自身は母親に、二人の妹は父親に引き取られた。連休などには妹たちに会いに行ったが、変わらない父の姿を見るたび恨みが募った。
 「だからなのか、いつも心の根底に悲しみや人間不信があって、何でも話せる友達をつくれませんでした」
 学会員だった母親の勧めもあり、高校生の頃から、SGI(創価学会インタナショナル)の会合に参加し始めた。自宅から会館までは、歩いて30分。女子部の先輩が、一緒に歩きながら話をよく聞いてくれた。初めて、少しずつ、自分の本心を口にできた。
 先輩は折に触れて、池田先生の指針を教えてくれた。
 「自分を育ててくれた親の恩に報いていく――仏法では、そうした生き方を教えている。根本は、自分がしっかりと信心に励んでいくことが、最高の親孝行である」
 父に会う時、どのように接すればよいか――紙に書き出し、御本尊の前に置いてみる。
 “目を見てあいさつをする”
 “会話を往復できるように”
 「でも、実際に父を目の前にすると、いつも萎縮して、言葉が出ない。どうしても、うまく話ができなかったんです」
 世間には、子どもが個人として人間らしく生きることを妨げる親もいる。そういった場合、無理をせず、物理的な距離を取ることも必要だろう。
 だが、李さんは祈るほど“父を好きと言える人になりたい”という思いを強めた。自分の心にある“本音”が見えると、なりたい自分に近づこうとして、学会活動にも真剣になれた。
 2012年、李さんの祖父が亡くなった。父は“もっと親孝行をしたかった”と嘆いた。李さんは家族と相談し、SGIの墓園に納骨することに。素晴らしい墓園だと父は喜んだ。
 “お父さんも、私と同じように、複雑な葛藤を抱えているのかも”。李さんは、そう思い始めた。それからだ。父と自然に会話できるようになったのは。
 妹たちは、そうした家族の変化を見ていた。次女の李孝貞さんは12年、三女の李昭貞さんは15年に、それぞれSGIに入会する。そして同年、とうとう父も、入会を決めた。
 今では、李さんは毎日のように、父と電話で話すように。信心の実践で、自身の家族観を深め、行動を変えた。だからこそ今の一家和楽を実現できたのだと、李さんは確信している。

視点

 「一家和楽の信心」は、学会「永遠の指針」の1番目。各地の学会組織は、家族を構成する一人一人を個人としても包み励まし、成長を支え、家族に向き合おうとする心を後押しする。
 池田先生は、息子が父親を教化する物語である法華経「妙荘厳王本事品」を通して語っている。「仏法では、家族のだれであれ、『すべて個人として平等に尊厳』と見る。非常に進歩的です」(『法華経の智慧』)
 個人が真に自立できるように励まし、その先に「家族」の価値の再発見を促す――そうした視点で一人一人を目覚めさせるからこそ、世界のメンバーは創価の信仰を実践する中で、家族を巡る問題に、解決の糸口を見いだしていくのだろう。

 注1 統計数理研究所「日本人の国民性調査」。1953年以来、5年ごとに実施している。
 注2 山極寿一著『「サル化」する人間社会』(集英社インターナショナル
 注3 橘木俊詔・木村匡子著『家族の経済学』(NTT出版)

 感想・意見をお寄せください
 メール:g-w@seikyo-np.jp
 ファクス:03-5360-9613