〈読書〉 猫はしっぽでしゃべる 2018年8月11日

〈読書〉 猫はしっぽでしゃべる 2018年8月11日

田尻久子著
4匹いる猫のうち一番大きなコテツはちゃぶ台に寝転がる
熊本の一書店にある時空

 街の常連さんは“今日のお薦めはなんですか?”と、なじみの八百屋で野菜を買うように、本を買っていく。そして、会計を済ませても、後ろ髪を引かれるように書棚を振り返る、遠方からの客もあるという。
 熊本に縁の深い詩人の伊藤比呂美氏の「つなげてきてくれた。/人と人を、人と本を。/そこに入れば、久子さんとお店が、/わたしたちの背中をおしてくれる」との言葉に呼応するように――「旅先でふと出会う人や風景のように本と出会える本屋でありたい」と、橙書店と喫茶店オレンジを切り盛りする著者はいう。
 2年前の「大きな地震」(熊本地震)で、店も移転を余儀なくされた。しかし、地域に根差した小さな「文芸ネットワーク」は、誰もが出入り自由な開かれた空間として、ずっと存在し続ける。本を読む。人に会い、言葉を交わす、そんな大切な交流の場所なのだ。
 今朝も猫たちがしっぽをパタパタさせて何かを言っているようだ。その柔らかな眼差しのまま店主は店の扉を開ける。本を片手に、客同士、近況を語り合ったり、コーヒーを飲んだり……ここには本と人にまつわる豊かで幸せな時間が流れている。大切な本と、猫と、記憶の断片を巡る、著者初めてのエッセー集。(和)
 ●ナナロク社・1512円