〈池田先生と共に 新時代を進む〉15

SEIKYO online (聖教新聞社):折々の指針

〈池田先生と共に 新時代を進む〉15 2017年8月6日

核兵器の廃絶へ連帯を強く
 

 私が師・戸田城聖先生に初めてお会いしたのは、終戦から2度目の夏。父母が復員を待ちわびていた長兄の戦死の公報が届いた、2カ月半後のことであった。
 命を賭して軍部政府と戦い抜かれた先生を信じて、19歳の私は、創価の平和闘争に身を投じた。
 戦争は、どれほど多くの尊い生命を奪い、愛する家族を引き裂き、嘆きと悲しみの底に突き落としたか。
 なかんずく、広島、長崎の被爆者の方々の筆舌に尽くしがたい苦しみを、断じて忘るるな! これが、師の峻厳なる誡めであった。
 ― ◇ ― 
 核兵器は、世界の民衆の生存の権利を根源的に脅かす、まさしく“絶対悪”にほかならない。
 戸田先生は、1957年の9月8日、仏法の生命尊厳の哲理の上から「原水爆禁止宣言」を神奈川で発表された。
 核兵器の禁止と廃絶を時代の潮流に高めることを、青年への「遺訓の第一」として託されたのだ。
 宣言から60周年となる本年の7月、ニューヨークの国連本部で「核兵器禁止条約」が採択された。核兵器の使用や保有を一切の例外なく全面的に禁止する、初めての国際条約となる。
 「核兵器のない世界」は人類の悲願である。そのためにも、民衆の連帯をいや増して強め広げなければならない。頼もしいことに、次代を担う青年部、未来部が、尊き父母たちの「平和の心」を受け継いで、学び、前進してくれている。
 生命尊厳の希望の大潮流を、さらに力強く未来へ創り起こしていきたい。
 ― ◇ ― 
 「立正安国論」に「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を禱らん者か」(御書31ページ)と仰せである。
 自他共の幸福への追求と世界の平和への貢献が、一体不二で連動しているのが、我らの広宣流布である。
 今、真冬のブラジルからも、はるばると若き200人の地涌の宝友が、研修に来日してくれている。
 忘れ得ぬブラジル文学アカデミーのアタイデ総裁と私は約し合った。
 ――政治・経済次元のつながりよりも、はるかに高く、広く、強く、世界市民を結び合い、人類の命運さえも変える絆を結ぼう!と。
 運命は変えられる。諦めなければ!
 平和は勝ち取れる。青年が心一つに立ち上がれば!

 

あなたは知ってた? 木星は太陽の周りを回っていない

あなたは知ってた? 木星は太陽の周りを回っていない

あなたは知ってた? 木星は太陽の周りを回っていない

 

f:id:sumo7:20170803091100j:plain


c Hubble Heritag
サリナ・ヨーン(Salina Yoon)の絵本『Space Walk』は、娘のお気に入りの1つだ。仕掛けをめくり、言葉遊びをしながら、それぞれの惑星について楽しく学べる。

多い日は1日に3回以上、娘に読み聞かせている絵本だが、いつも眉をひそめてしまうのが、この一文だ。

「太陽の周りを回るすべての惑星のうち、1番大きいのが木星です」

ガスを主成分とする巨大な木星は、事実、太陽系最大の惑星だ。その質量は、太陽系の他のすべての惑星、月、小惑星、彗星などを合計した重さの2倍以上ある。

しかし、厳密に言えば、木星は太陽の周りを回っていない ?? なぜなら、圧倒的に大き過ぎるからだ。

宇宙空間では、小さな物体と大きな物体があったとき、小さな物体が大きな物体の周りを周回するのではなく、両方の物体がその共通重心を回る。

質量が太陽の33万分の1しかない地球のような脆弱で小さな惑星の場合、その共通重心は太陽の中心にとても近いため、それがわずかにずれていることに我々は気付かない。まるで、地球が円を描いて太陽の周りを回っているかのように見える。

同じことが、太陽系の大半の物体に当てはまるのだ。

ところが、木星は非常に大きいため、その共通重心は1.07太陽半径、つまり太陽の表面から約3万マイル(約4万8000キロメートル)離れたポイントにある。


太陽と木星の共通重心は、太陽の表面から約3万マイル離れたところにある。c NASA/SDO; Business Insider 太陽と木星の共通重心は、太陽の表面から約3万マイル離れたところにある。
木星の重量は太陽の約1000分の1だが、太陽と木星がそれぞれ共通重心を回るほどには十分重い。

2つの軌道を表したNASAのGIF画像がこちら(実際の縮尺とは異なる):

その距離とサイズははるかに異なるものの、こうして木星と太陽は共に宇宙空間を動いている。

今度子どもに読み聞かせる本に、木星が太陽の周りを回っていると書いてあったら、そのページは無視してしまおう。

 

 

全国未来部夏季研修会への池田先生のメッセージ

SEIKYO online (聖教新聞社):随筆など

全国未来部夏季研修会への池田先生のメッセージ 2017年8月2日

何があっても朗らかに前へ! 君よ信念と英知の走者たれ
全国未来部夏季研修会の開講式に臨んだ友(創価大学で)

 わが師・戸田城聖先生と初めてお会いしてより70年の8月を、今朝、私は万感の思いで迎えました。
 当時の私と同じ年代の心凜々しき高等部の友が、日本全国より、創価大学へ集い合ってくれているからです。恩師が10代の私に授けてくださった後継の旗を、奇しき縁で結ばれた君たち、あなたたちに譲ることができるからです。
 皆、祈り、学び、挑戦と努力を重ねて、参加を勝ち取ってくれ、本当にありがとう!
 私の心を分かち合ってくれる担当者の方々の尊い献身に、厚く感謝申し上げます。男女青年部また学生部をはじめ、陰で支えてくれている皆さん方、お世話になります。
 誇り高き「正義の走者」の皆さんに、きょうは三つの創価後継の「道」を託したい。
 第一に、「平和の未来へ羽ばたく『英知の翼の道』」です。
 「英知を磨くは何のため 君よ それを忘るるな」――私が創価大学生に贈った指針です。皆さんが日々、勉学に挑んでいることは、とても地味に思えるかもしれない。しかし、ひとたび自らの使命を深く自覚するならば、今、地道に磨いている英知は、全て未来へ羽ばたく翼となります。これからの人類の平和を創る希望の力なのです。
 私が対話を重ねた中国の文豪・王蒙先生は、80代の今も学び続け、語られています。
 「進まざれば後退。これが学習の特質です」と。
 何があっても前へ前へ! 倒れても、また立ち上がって、たくましく朗らかに前へ! 
 学べ、学び抜け! 創価のメロスは、不屈の「英知の走者」であっていただきたい。
 第二に、「共々に勝利の前途を照らしゆく『友情の光の道』」です。
 日蓮大聖人は、「人のために火をともせば・我がまへあきらかなるがごとし」(御書1598ページ)と仰せになりました。友情の火をともすことは、そのまま互いの前途を照らす光となるのです。
 創価学会は、生命の尊厳に目覚めた一人一人が、悩める友のために、友情の火、励ましの火をともし、民衆の勝利の前途を照らしてきたスクラムです。かけがえのない、この光の道を、皆さんは胸を張って進み、地球の明日を輝かせていただきたいのです。  
 とりわけ、今回の研修の仲間とは、仲良く楽しく、一生涯の絆を築いてください。
 最後に、「信仰の無敵のエンジンで勝ち進む『栄光の巌の道』」です。
 戸田先生は、「生きるならば、大哲学、大思想、大宗教を持ち続けて、栄光の一生を飾れ!」と叫ばれました。直弟子の私は、その通り、70年間、走り抜いてきました。
 それは、御書に「魔競はずは正法と知るべからず」(1087ページ)と仰せの如く、一番正しいからこそ、一番魔が競い起こる苦難の道でありました。
 しかし、正義の信仰とは、この世で最も尊く、最も強い無敵のエンジンです。私は、この究極の信念の力で、どんな試練も圧迫も、創価の同志と乗り越えてきたのです。
 不二の弟子である皆さんもまた、題目を唱え抜きながら、行く手に立ちはだかる、あらゆる巌を断固と勝ち越え、前人未到の峰に栄光の旗を翻していただきたいのです。
 ともあれ、21世紀の開幕の時に生まれ出でた黄金世代の皆さんを、私は地涌の本命と定め、ずっと見守り続けていきます。この三日間、見違えるように大成長して、帰ったら、送り出してくれたご家族や地域の方々に、最高に晴れ晴れとした笑顔で、「ありがとう!」と伝えていただくことをお願いして、私のメッセージとします。
 従藍而青の愛弟子の君たち、あなたたちに健康あれ! 勇気あれ! 凱歌あれ!(大拍手)

 

永遠なれ創価の大城〉22

SEIKYO online (聖教新聞社):随筆など

〈随筆 永遠なれ創価の大城〉22 未来部と共に成長 2017年8月1日

広布のバトンを「正義の走者」へ!
「従藍而青」を信じ 師子を育てゆこう
すくすくと伸びよ! 大切な未来の使者たちを慈愛で包んで。皆も共々に笑顔で見守る(1994年5月、モスクワで)

 新たな生命が、この世に生まれることは、何という希望であろうか。
 門下の子どもの誕生を喜ばれた御聖訓が、私の胸にこだまする。
 「法華経流布あるべきたね(種)をつぐ所の玉の子出で生れん目出度覚え候ぞ」(御書一一〇九ページ)
 わが未来部は一人ひとりが妙法の宝塔であり、広宣流布を担い立つ「玉の子」として、今この時に躍り出てくれた。
 ◇
 恩師・戸田城聖先生の出版社で私が働き始めたのは、二十一歳の時である。大変な毎日だったが、楽しくて嬉しくて仕方がない仕事があった。
 少年誌の編集である。
 “全ての子らが、正義を愛し、平和を愛する、よき人生を”と願った。
 よき言葉、よき物語を、子どもたちに届けようと、日本を代表する作家たちのもとを勇んで訪れ、誠心誠意、思いを伝えて、執筆や連載を快諾してもらった。
 依頼した作家の原稿が締め切りに間に合わず、自ら「山本伸一郎」のペンネームで、大教育者・ペスタロッチの伝記を書いたことも懐かしい。
 ペスタロッチは叫ぶ。
 「少年・少女が成長して、花咲いてゆくのをみることは名状し難い喜びではないか」と。
 私も同じ思いだった。ありがたくも今、「未来ジャーナル」や「少年少女きぼう新聞」を通して、若き宝友と心の対話を続けることができている。
 使命の花を咲き開かせていく未来部の友の姿に接する時、私の胸は、はち切れんばかりの喜びに満たされるのだ。

歌声に誓い込め

 七月の本部幹部会で、少年少女部、中等部、高等部の代表メンバーが、力強い演奏と共に、創価の希望の歌声を爽やかに響かせてくれた。
 一人ひとりが、勉強に、クラブ活動に、親孝行にと、挑戦を重ねて迎えた、感動のステージであった。家族の病や、学校でのいじめなどに負けず、祈りと勇気で勝ち越えた友もいると伺った。
 合唱してくれた歌は未来部歌「正義の走者」。
 第一次宗門事件の渦中の一九七八年(昭和五十三年)七月、私が岡山の地で作詞した歌だ。
   
 〽君も負けるな いつの日か
 共々誓いし この道を
 嵐も吹雪も いざや征け……
   
 「君よ」ではなく、「君も」と綴った。
 若きメロスよ! 君には、同じ志を抱き、嵐に挑む友がいる。
 君たちが進む道を開きゆかんと、苦難の道を走る創価の父母がいる。
 君たちの成長と勝利を厳然と見守り、楽しみに祈り待つ人がいる。
 ゆえに絶対に負けない。負けてはならない。同志と共に、父母と共に、「君も」また、断じて正義の道を踏破するのだ!
 私は、この万感の思いを歌詞に託した。
 誓いのバトンを受け取ってくれた当時の未来部の友は今、広布と社会のリーダーと光っている。
 未来部躍進月間――。「学会の永遠性の確立」の急所は、まぎれもなく、未来部の育成にある。
 伝統となった「E―1グランプリ」をはじめ、読書感想文や作文のコンクール、また「少年少女希望絵画展」も、皆で最大に応援していきたい。
 ◇
 人間教育において大事なポイントに、一方的に教えるのではなく、「共に学び、共に成長する」ということがある。これは、創価教育の父・牧口常三郎先生が先駆的に示されていた点でもある。
 学会の庭には、先輩も後輩も一体となって前進するなかで、人づくりの智慧が蓄積されてきた。
 各地の創価ファミリー大会なども、子どもたちと一緒に学会の歴史や活動の意義を学び、信心を深められるようにと、多彩に工夫されている。
 特に、壮年・婦人部の未来本部長、青年部の二十一世紀使命会、学生部の進学推進部長をはじめ、育成に尽力してくださる方々には、心からの敬意と御礼を申し上げたい。教育本部や国際本部等の尊いサポートにも、いつも感謝している。

「将棋」の思い出

 今、世界中で未来部世代の活躍が目覚ましい。
 二〇二〇年の東京オリンピックパラリンピックに向け、奮闘する十代のアスリート(競技者)たちの姿も眩いばかりだ。
 将棋界でも、中学生棋士の連勝記録が日本中の話題となった。
 実は、戸田先生も将棋がお好きだった。折々に、私も相手をさせていただいたものである。
 思い出深いのは、戦後の混乱の不況下で、戸田先生の事業が暗礁に乗り上げ、私が編集長を務めていた少年誌などの休刊が決まった日のことだ。
 先生は、いつものように、親しい来客に「一局どうだ」と、愉快そうに将棋を指しておられた。
 その泰然自若とされた王者の雄姿に、私も「何があろうと変わるまい。自分の今なすべきことを、なすまでだ」と、腹を決めたものである。
 ◇ 
 将棋の駒の「歩」は、じっと動かなければ、「歩」のままだ。しかし、一歩また一歩と、前へ進み、ひとたび敵陣に突入すると「と金」に成り、「金」と同じ働きをする。
 「桂馬」の動きは、面白い。いざという時まで動かないことで、敵の攻めを封ずることもある。
 駒それぞれに特性がある。一つとして意味のない駒はない。戦い続けていくならば、本来備わっている偉大な力を発揮することができる。
 人間も同じであろう。
 仏法は、桜梅桃李すなわち、一人ひとりが己の個性を伸ばし、開花させていく生き方である。
 未来部時代、また青春時代は、鋭敏であるゆえに、人と比べ、一喜一憂してしまうこともあるだろう。だが、決して悲観などすることはない。
 妙法と共に、広宣流布という偉大な誓願の人生に生き抜く時、誰もが、自分にしかない無限の可能性の花を、必ずや悔いなく咲かせ切っていくことができるからだ。

理想の人華の園

 将棋の起源は、古代インドの「チャトランガ」という盤上ゲームにあったとされる。それが中国をはじめ東アジアに伝わる中で、日本では「将棋」へと姿を変えていった。
 「仏法東漸」――インド発祥の仏教が東へ伝来してきた歴史と重なるようで、興味深い。
 先日、大発展するインドの地涌の若人二百人が、「先駆」の誉れも高き九州を訪れた。
 各地での交流交歓会で、歓迎の歌声や笑顔を広げてくれたのは、凜々しき未来部であった。
 国を超え、民族を超えて、同じ志を分かち合い、励まし合って進む、桜梅桃李の人華の園よ! 人類が願ってやまない理想の人間共和の縮図が、ここにこそあるのだ。
 この歓喜を、崇高さを、希望を、私たちは、自信満々と若き世界市民に伝えていきたい。

親子の心は感応

 御書には、「譬えば鳥の卵の内より卵をつつく時・母又同じくつつきあくるに・同じき所をつつきあくるが如し、是れ即ち念慮の感応する故なり」(八一〇ページ)と仰せだ。
 親が懸命に力を尽くし抜いた時、子も、その祈りに応えようとして、硬い卵の殻を割ることができる。生命の次元で、心と心は感応し合う。
 親の信心は、必ず子に伝わる。たとえ、時間がかかっても、回り道を重ねても、絶対に伝わる。
 飾る必要はない。失敗を恐れなくてよい。信念を曲げず、自ら決めた道を朗らかに進む。その親の生き方こそ、子に贈る「最上の宝」なのだ。
 ◇
 植物の「藍」から生まれ出る「青」は、重ねて染め抜くことで、藍にも増して色鮮やかに光る。同様に、後継の友を、自分以上に立派に、そして陸続と成長させるのだ。
 この「従藍而青(青は藍より出でて而も藍より青し)」の法理を、関わる側が信じ抜くことだ。
 「師子」を育てられるのは「師子」だけだ。
 「子どもを育てること、それ自体が平和のための仕事である」
 これは、忘れ得ぬ平和研究の母・ボールディング博士の信条であった。
 一人の未来部の生命を輝かせゆくことは、地球社会を希望で照らす平和の大事業なのである。
 いよいよ「未来部夏季研修会」が、八王子市の創価大学で始まる。
 世界各国でも未来部員が一堂に会し、有意義な研修会が行われている。 
 イタリアの研修会では、皆で御書を学んだ。教材は、かつて私が高等部に講義した「生死一大事血脈抄」。講師は、当時、講義を受けた高等部第一期生のリーダーである。半世紀を経て、滔々たる人材育成の大河は全世界に広がり、その伸展は世界同時進行である。
 さあ、創価の宝、人類の希望の未来部を励まそう! 共に成長しよう!
 広宣流布の永遠の流れを確立する聖業に連なる誇りを胸に前進し、充実と鍛えの夏を、健康第一で送ろうではないか!
    
 地涌の義は
  未来部にあり
   世界まで
  誉れの人材
    育つ嬉しさ
 
 (随時、掲載いたします)

 ペスタロッチの言葉は『ペスタロッチー全集1』長田新訳(平凡社)。

 

栄光の峰をめざして〉50

SEIKYO online (聖教新聞社):紙上座談会

〈座談会 栄光の峰をめざして〉50 地域・家庭で「信心の継承」を 子どもの成長を信じ祈り抜く 2017年7月31日

親子で“一緒”に日々の実践
〈出席者〉
原田会長
石黒未来本部長
飛田女性未来本部長
竹岡青年部長
黒土副未来部長(中等部長兼任)
山口少女部長
注目を集める、皆が「居たい」「行きたい」会館づくり。三重・北勢圏のファミリー大会では、大人も子どもも一体となって、会館で「信心の楽しい思い出」を刻む

 竹岡 親から子へ、さらには祖父母から孫へ、「信心の継承」の流れを確実に進めるための「創価ファミリー大会」。この取り組みで今、中部方面が注目されています。

 山口 合言葉は「会館で小さい時期に、家族そろって信心の楽しい思い出を」。会館が大好きな子は、学会が大好きな青年に育つに違いないとの考えのもと、子どもにとって、「居たい」「行きたい」「(自分の力を)生かしたい」会館づくりを目指しています。

 飛田 たとえば、三重・北勢圏のファミリー大会では、「会館全体をテーマパークに」を目標として、全15支部が、それぞれ部屋を“作製”することに。

 山口 具体的には、ゲームや物作り体験コーナーの部屋。池田先生が、世界五大陸に広げてきた平和行動を学び、未来部員が、その大陸を象徴する衣装をまとい、研究発表をする部屋などです。皆が楽しく会館に集う姿が印象的です。

 飛田 名古屋北総区でも同様の形で、「未来っ子わくわくフェスタ」を開催。「どうすれば、子どもたちが喜んでくれるか」を皆で真剣に考えたそうです。会合の感動は、未来本部長の皆さんにとっても、大きな自信になり、日々の活動に変化を生みます。

 黒土 以降、同総区では、本部幹部会の中継行事に、子どもが楽しく、大人が安心して、集えるよう工夫をしています。たとえば、絵本や人形などを置いたキッズスペースを用意しています。

 山口 “着任体験”として、未来部員が会合役員となって、来場者を迎える地域もありましたね。

 原田 池田先生は、「楽しい所には人が集まる。苦しい所からは人が去っていく。また、純真な、真剣な人々が集った所では、自分も真剣になって求道の心を起こしていくものである」と言われました。信心継承のための楽しい会館づくりは、未来部育成の新しい形なのかもしれません。

 石黒 こうした地域の特徴の一つが、未来部育成に、「教育本部」が積極的に関わっている点です。後継者の育成において、未来本部が“推進者”、教育本部が“支援者”、ライン組織が“よき理解者”となることで、力が倍加し、大きな効果を生んでいます。

「会合は教育の場」

 原田 「組織」での信心の継承とともに、大切なのが、「家庭」における取り組みです。かつて先生は、その点を、「崇高なる信心の継承」と題し、「随筆」で綴られました。

 竹岡 そこでは大要、3点が記されています。まず、「親は子に『やりなさい』と押しつけるのではなく、『一緒に信心を実践していく』こと」です。

 原田 先生ご自身も、そうでした。できる限り、家族で一緒に勤行をされていました。先生が不在の場合は、奥さまが導師となって、息子さんたちと勤行をされていたのです。「親の背中を見ながら、子は育ち、信心という『志』を受け継いでいく」と記されている通りです。

 飛田 さらに、「会合は教育の場」とも言われています。「会合に参加すること自体が、偉大な仏縁を結んでいるのだ。気づかぬうちに、子の生命の大地には信心の種が芽生えている」のだと。

 石黒 ゆえに、お子さんを連れて、会合に参加する婦人部、ヤング・ミセスの方々の奮闘を、先生は心からたたえられています。

 原田 最後に、「親はどこまでも、子どもの可能性を信じていくべきだ。祈り続けていけばよい。たとえ今は発心していなくとも、立派な『広宣流布の闘士』へ成長する時は、必ず来るからだ。偉大な妙法である。信仰は一生涯のものであり、三世永遠である。大切なのは、信心を持ち抜くことである。大らかな気概に立って、長い目で子どもの成長を祈り抜くことだ」と言われています。

 石黒 わが家の子どもも、そうでした。どこまでも子どもを信じ抜き、祈り抜いていく。何より重要な点であると実感します。

率直な思いを語る

 黒土 本年も、中等部と高等部は、それぞれ夏季研修会を行います。特に高等部は、全国から代表が集い、2泊3日で行います。

 竹岡 池田先生の深い慈愛に包まれながら、同世代で触発し合う研修会は、未来部員が劇的に成長する機会です。

 飛田 例年、到着したばかりの初日は、無表情で下を向いていた子が、帰りには、仲良くなった同世代のメンバーと互いの成長を期して、「また会おう!」と満面の笑みで帰って行く様子を見ていると、未来部員の無限の可能性を感じずにはいられません。

 黒土 地元に戻った未来部員が、大きく成長した様子に驚き、感動の声を寄せる、親や友人、地域の方々からの手紙も毎年、届いています。

 石黒 未来部員は全員が、「法華経の命を継ぐ人」(御書1169ページ)です。全員が、学会創立100周年(2030年)を担い立つ宝の人材です。

 原田 暑い中ですので、自身の健康に配慮していただきながら、未来本部長の皆さまは、この夏もぜひ、家庭訪問などを通じ、一人一人の未来部員に温かな激励を、お願いします。
 思春期ゆえに、話を聞いていないように見える子もいますが、長年、信仰を貫いてきた未来本部長の皆さまが、ストレートな思いで語る「信心への確信」「師匠への感謝」は、確実に心に届いています。
 徹して一人を大切にし、励ましを送り、共に成長する夏にしていきましょう。

 

〈池田大作先生 四季の励まし〉

SEIKYO online (聖教新聞社):随筆など

池田大作先生 四季の励まし〉 和楽の家庭から希望の虹を 2017年7月30日

 
 

 人間は自分一人で
 生まれてくることはできない。
 たった一人で一人前の人間に
 なれるものでもない。
 家族のなかに生まれ、
 家族のなかで育ち、
 やがて一個の人間として
 成長していく。
 夫婦も、兄弟姉妹も、
 目に見えぬ一つの法則で
 結ばれているともいえる。
 その心の絆こそ、
 家族の結晶であるに違いない。

 お母さんの声、お母さんの手ほど
 美しいものはない。
 子どもをあやし、
 子どもを呼ぶ母の声。
 おむつを換え、ご飯をつくり、
 服を着させる母の手。
 「母の声」「母の手」に守られて、
 人は皆、大人になっていく。
 母の声が世界を結び、
 母の手が
 平和へとつながっていく時、
 どれほど
 美しい地球になることであろう。

 青年の皆さんは、
 どうか、親孝行であってほしい。
 明るい笑顔。ありがとうの一言。
 一本の電話……。
 親というのは、
 それだけで幸せな気持ちになって
 元気になるものだ。
 ちょっとした言葉や振る舞いで、
 感謝と愛情を示していくことが、
 生きる喜びの名曲となり、
 人生の名画となる。

 愚痴を祈りに変え、
 非難を励ましに変え、
 苦楽を共にする
 価値創造の家族から、
 地域や共同体を変革する
 希望が生まれる。
 和楽の家庭が築かれてこそ、
 真の平和社会が創出されていく。

 東京の空に、虹が大きな弧を描いた。七色の光は木々の緑を輝かせ、家々をやさしく包み込む。2002年(平成14年)5月、池田大作先生が新宿区内で撮影した一枚である。
 地域や社会の繁栄といっても、その基盤は家族や家庭にある。感謝を忘れず、互いを思いやり、支え合う。その中で、家庭は和楽の場となり、周囲にも安心と希望が広がる。ゆえに、創価学会は「永遠の五指針」の第一に「一家和楽の信心」を掲げる。
 ドイツの詩人ヘルダーリンは謳った。「虹は嵐のあとにでるからこそ美しい」(横田ちゑ訳)と。家族もまた、試練という嵐に、共に立ち向かう中で絆が強まり、幸福へと近づく。さあ、わが家から希望の虹をかけよう。「感謝」の二字を抱き締めて――。

 

金吾殿御返事(八風抄)

SEIKYO online (聖教新聞社):御書の解説

〈8月度 男子部「御書活動者会」研さんのために〉 四条金吾殿御返事(八風抄) 2017年7月29日

揺るがぬ自身を築こう
仏縁広げる「鍛えの夏」を
陽光を浴びて大輪を咲かせるヒマワリ。広布に汗する日々が、たくましき信心を育む(長野県松本市)=長野支局・森田昭治通信員

 8月度の男子部「御書活動者会(御書活)」では、「四条金吾殿御返事(八風抄)」を研さん。いかなる「八風」にも侵されない、「賢人」の生き方を学ぶ。

御文

 賢人は八風と申して八のかぜにをかされぬを賢人と申すなり、利・衰・毀・誉・称・譏・苦・楽なり(御書1151ページ)

通解

 賢人とは、八風といって、八つの風に侵されない人をいうのである。八つの風とは、利・衰・毀・誉・称・譏・苦・楽である。

背景と大意

 本抄は、日蓮大聖人が身延で認められ、苦境に立つ四条金吾に送られたお手紙で、別名を「八風抄」という。
 大聖人が佐渡から帰還された文永11年(1274年)、金吾は主君の江間氏を折伏する。しかし、これをきっかけとして、金吾は、極楽寺良観の信奉者であった江間氏から、疎まれるようになる。
 やがて、金吾を取り巻く状況は悪化。建治2年(1276年)には、領地替えの命令が下る。窮地に陥った金吾は、所領の件で主君を訴訟しようと思い詰めるまでになった。
 本抄は、こうした報告を聞かれたことに対する、金吾への励ましのお手紙である。
 大聖人は金吾に対し、仏法の上からも道理の上からも、恩ある主君に仕えていくことが、人間として正しい振る舞いであることを教えられている。

解説

 今回の拝読御文では、仏道修行を妨げようとする「八風」に侵されない、「賢人」の生き方が説かれている。
 「八風」とは、人々の心を惑わせ、仏道修行を妨げる八つの働きを示す。
 それぞれ、利益を得て潤うこと(利)、さまざまに損をすること(衰)、世間から軽蔑されること(毀)、世間から褒められること(誉)、人々からたたえられること(称)、人々から悪口を言われること(譏)、心身が苦しむこと(苦)、心身が楽しいこと(楽)。
 このうち、一般的に人々が望む「利・誉・称・楽」を四順といい、反対に、人々が嫌がり避ける「衰・毀・譏・苦」を四違という。たとえ一時的に四順を得ても、それは永遠に続くものではない。肝心なのは、世間の毀誉褒貶や目先の利害損得に振り回されないことである。
 本抄で大聖人は、「八風」に侵されることのない「賢人」を、諸天善神が必ず守護すると仰せである。
 「無風」の人生などない。「順風」が吹くこともあれば「逆風」が吹くこともある。大切なことは、環境に左右されず、全ての状況を勝利の人生への「追い風」「原動力」にしていくことである。
 では、どうすれば、表層の現象や感情に左右されず、絶対的な幸福を追求する「賢人の道」を歩むことができるのか。
 同じく金吾に与えられた御書に、「苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ」(1143ページ)とあるように、苦しくても、楽しくても、勇んで題目を唱え抜いていく信心の姿勢が重要なのである。
 その上で大聖人は、今回の研さん範囲に続く御文で、「檀那(弟子)と師匠とが心を同じくしない祈りは、水の上で火を焚くようなもので、かなうわけがない」(御書1151ページ、通解)と、広布の師匠に心を合わせて祈ることの大切さを強調している。この点を絶対に忘れてはならない。
 池田先生は、「八風に動じない確固とした自身を築くためには、正邪を峻別し、幸不幸の因果を説く『法』と『師匠』の存在が不可欠です」と指導している。
 1947年(昭和22年)8月14日、池田先生は戸田先生と出会い、10日後の24日に入信した。本年の8月は、この歴史的な師弟の出会いから70年の佳節となる。
 後継の男子部は、池田先生の闘争に学び、師弟の道、広布の道を歩み抜くことが、「八風」に侵されない自身を築く要諦である。
 「鍛えの夏」「成長の夏」が到来した。日々の目標を明確にし、仏縁を拡大するとともに、自身の境涯も大きく広げていきたい。