〈池田大作先生 四季の励まし〉 きょう父の日 人生の勝利王たれ 2018年6月17日

池田大作先生 四季の励まし〉 きょう父の日 人生の勝利王たれ 2018年6月17日

 
 

 社会的には、
 どういう立場であれ、
 父は父である。
 父それ自体が偉大なのである。
 父であるならば、
 父としての責務と、
 皆を守り包容していく
 偉大な心であれ!
 妻にも、子どもにも、
 幸福と安穏を贈り、
 人生の深き道を教えていくのが、
 偉大な父としての使命である。

 親は子どもにとって、
 最も身近な人生の先輩ともいえる。
 平凡であってよい。
 地味であってもよい。
 失敗があってよい。
 しかし、
 人間としての確かなる完成、
 また虚栄ではない、
 真実の栄光を見つめた
 自らの生き方の軌跡を、
 子どもに
 示しゆける存在でありたい。

 健気に広宣流布
 進めてくださっている女性に、
 心から感謝し、
 敬意を表しながら進む。
 そして、女性を守り、
 先頭に立って戦う。
 男性は、そうした紳士でありたい。
 「女性を大事に」
 ――これが創価学会の伝統である。

 人生は航海の如し。
 ゆえに、荒れ狂う怒濤を
 ものともせぬ巌の如き信念で、
 わが航路を切り開いていくことだ。
 嵐になればなるほど、
 「さあ来い」と
 激しい闘志を燃え上がらせて、
 雄渾の名指揮を執りゆくことだ。
 その悪戦苦闘のなかでこそ、
 常勝不敗の熟練の智慧が磨かれる。
 そして、
 勝利王の歴史が刻まれていくのだ。

 ほとばしる清冽な流れ。ごう音を響かせながら、激しく水しぶきを上げていた。青森県十和田市奥入瀬渓流にある「銚子大滝」。高さ7メートル、幅20メートルの威容を誇る。
 1994年(平成6年)8月、池田大作先生が東北の同志と渓流を散策しながら、シャッターを切った。
 かつて先生は、奥入瀬の滝を思いつつ、詩を詠んだ。
 「滝の如く 激しく/滝の如く 撓まず/滝の如く 恐れず/滝の如く 朗らかに/滝の如く 堂々と/男は 王者の風格を持て」
 きょう17日は「父の日」。家庭や社会に安心と信頼を広げながら、王者の風格で前進する父たちに、真心からの感謝とねぎらいの言葉を贈りたい。

パライバ連邦大学「名誉博士号」授与式での池田先生の謝辞 2018年6月14日

パライバ連邦大学「名誉博士号」授与式での池田先生の謝辞 2018年6月14日

希望こそ平和構築の旭日
「明日こそ より美しい日に」文豪アマード
不屈の確信で一歩を踏み出せ
厳かな雰囲気の中、ジニス総長が池田先生の功績をたたえる「授与の辞」を読み上げる。式典後、総長は語った。「温かく歓迎してくださった日本の皆さまに感謝と敬意を表します。池田博士の思想と哲学を、ブラジル、いな世界中に広めゆくことをお約束します」(創大本部棟で)

 一、ここ八王子は、童謡にも歌われている、美しい“夕焼けの里”です。
 わが創価大学のキャンパスから富士山を黄金に染め上げる荘厳な夕日を仰ぐ頃、はるかブラジルでは広大な大西洋から赫々たる旭日が昇ります。
 その中でも、南北アメリカ大陸の全体で一番早く太陽が昇りゆく天地こそ貴パライバ州なのであります。
 このロマンあふれるパライバ州より、素晴らしき人間教育の太陽の先生方をお迎えすることができ、これほどの喜びはありません。
 本日、ここに、私は貴パライバ連邦大学より、最高に誉れある名誉博士号を拝受いたしました。心より御礼申し上げます。
 誠に誠に、ありがとうございました!(大拍手)
 一、今日は、「旭日の天地」の「旭日の学府」の一員にさせていただいた感謝を込めて、「希望の旭日」「知恵の旭日」、そして「連帯の旭日」という、三つの「旭日」を、わが創大生、わが短大生と共々に、立ち昇らせていきたいと思います。
 まず、「希望の旭日」であります。
 思えば、この6月は、ブラジルと日本の友好において、「希望の旭日」が昇った記念の月です。
 1908年6月18日、日本から大海原を越えた781人の先駆者たちを、貴国ブラジルがサントス港にて迎え入れてくださったのであります。
 以来、満110年、今や貴国の日系人は190万人にまで広がっているとされます。
 わが恩師・戸田城聖先生も若き日、憧れの貴国への移住を真剣に考えていた一人であります。
 今日は、パライバをはじめブラジル北東部から、SGIの代表の方々も臨席してくれております。
 本日の栄誉を、愛するブラジルの宝友と分かち合えることが、私の何よりの喜びなのであります(大拍手)。
 一、私は、110年前に広島から13歳でブラジルに移住した、最初の日系移民である大先輩と対談を重ねたことがあります。
 その開拓の丈夫が私に強調されたのが、幼い自分を孫のように温かく親切に育んでくれたブラジルの方々の思いやりとともに、どんなに苦しいことがあろうと、陽気に前向きに生き抜くブラジル人の「希望」でありました。
 ジニス総長が愛読され、創価の平和・文化・教育の運動にも信頼を寄せてくださった、貴国の文豪ジョルジェ・アマード先生は、自らの人生を貫く「一本の糸」こそ「希望」であるとつづられています。その「希望」は「明日こそ、より良い、そして、より美しい日になるという確信に他ならない」と。
 まさしく貴大学は教育の光で、この「希望」を広げ、地域間の格差を打開し、「一人一人を大切にする人間社会」を築いてこられたのであります。
 「希望」とは創るものです。生み出すものです。
 ジニス総長は「薬理学」の大家であられます。
 東洋の思想には、生命が持つ究極の「希望」の力として、「変毒為薬(毒を変じて薬と為す)」という法理が説かれております。
 創大生・短大生の皆さんも、青春の悪戦苦闘の日々にあろうと、もがきながら努力の一歩、勇気の一歩、忍耐の一歩を踏み出し、一切を不撓不屈の希望へと転じていただきたいのです。
 一、第二に申し上げたいのは、「知恵の旭日」です。
 貴大学は、モットーとして「知恵を構築」と掲げておられます。
 創価教育の父・牧口常三郎先生も強調していたように、「知恵」こそ、あらゆる知識や技術・情報を、人間の幸福のために善用していく根幹であり、あらゆる困難を社会の平和と繁栄の創造へと転換していく原動力です。
 この知恵は、優れた教育者との人格的な啓発を通して培われるところが大でありましょう。
 貴大学を母校とするジニス総長ご自身も、慈愛深き恩師たちの指導・激励を宝とされております。
 そして、恩師と同じように、次の世代の一人一人の才能や力を引き出されながら、より良い未来への知恵の構築に尽くされているのであります。
 ブラジルを代表する詩心の女性で教育者として高名なセシリア・メイレレスは、「脱皮しなさい。自分の中から生まれ変わりなさい」と謳いました。
 教師も学生も、共に探究の同志として学び合い、錬磨していく中で、日々、脱皮し、新しい自分へと生まれ変わっていく――これこそ、大学という「人間革命」の滔々たる大河の流れではないでしょうか。
 一、最後に、「連帯の旭日」を!と申し上げたい。
 ジニス総長の座右の銘に、私は深い共鳴を覚えました。
 それは「一緒にやれば、もっとできる」と。
 この信念のままに、英邁な夫君とご一緒に、偉大な社会貢献の人材群を創り広げてこられた総長に、私たちは連帯の大拍手を送ろうではありませんか!〈会場から大拍手がわき起こった〉
 先日、イタリアのローマで、私が世界の青年へ贈った「共同声明」の中でも、「連帯の力で乗り越えられない壁など決してない」「青年による行動の連帯を幾重にも広げていこうではないか」と呼び掛けました。
 今日は、うれしいことに、ブラジルから創価大学に学ぶ最優秀の留学生たちも出席してくれています。
 パライバと日本は、12時間の時差があります。
 パライバ連邦大学の学友をはじめブラジルの若人たちと、「希望の旭日」「知恵の旭日」「連帯の旭日」を、日々、リレーしながら、この地球の未来を大きく明るく平和と人道の光で照らし晴らしていこうではありませんか!
 結びに、わが母校となった貴大学のますますの隆盛、さらに、本日ご列席の皆さま方のご多幸と、ご健勝、そして、人類の希望の太陽・ブラジルの未来永遠の栄光を強く強くお祈り申し上げ、私の謝辞とさせていただきます。
 ムイト・ムイト・オブリガード!(ポルトガル語で「大変に、大変に、ありがとうございました!」)(大拍手)

〈座談会 師弟誓願の大行進〉41 「敢闘精神」燃える広布の模範関東 温かな励ましで人材を拡大 2018年6月14日

〈座談会 師弟誓願の大行進〉41 「敢闘精神」燃える広布の模範関東 温かな励ましで人材を拡大 2018年6月14日

県歌誕生40周年を大勝利で荘厳
〈出席者〉
原田会長
永石婦人部長
太田関東男子部長(総埼玉青年部長兼任)
高木総千葉長
真田総茨城婦人部長
岡崎総群馬婦人部長
小渕総栃木長
励ましの裾野を広げ、日本一の人材城を!――関東5県が一つになって迎えた関東総会。さらなる広布拡大の金字塔へ、異体同心で出発!(2日、船橋池田講堂で)

 永石 関東が一つになって迎えた、関東総会(本部幹部会)の大成功、大勝利、おめでとうございます。

 高木 先日は、池田先生ご夫妻が千葉の浦安平和会館を車で視察してくださいました。関東総会の大成功を心から祝福してくださったと伺いました。感謝の思いでいっぱいです。

 太田 さらに、随筆を通しても大激励してくださいました。総会大勝利の感動さめやらぬまま、関東中に大きな喜びが広がっています。新たな師弟の歴史を刻むことができました。

 原田 先生は総会へのメッセージで関東の同志を「大聖人直結の『敢闘精神』に燃える創価家族」とたたえてくださいました。報恩の戦いをさらに続けてまいりましょう。

 真田 本年は5県それぞれの県歌が誕生して40周年の佳節です。「師弟の魂」が刻まれた県歌は大きな前進の力となり、全県が「ブロック1」の折伏・弘教を成し遂げました。

 岡崎 今回、関東では「折伏チャレンジャー」(折伏に挑戦したメンバー)の輩出へ、励ましに徹し抜きました。その結果、22万6000人もの折伏チャレンジャーが誕生しました。

 原田 「学会活動に励む人をいかに増やすか」は、学会の永遠性確立にとっての最重要の課題です。そのために励ましを重ねた関東の戦いは、まさに模範です。

地道な活動の継続

 太田 埼玉男子部では、5月に各地域で「ニューパワー総会」を開催。これは支部や本部といった“顔の見える単位”の会合です。そこに友人も招き、ありのままの男子部の活動に触れられるよう心掛けました。

 原田 学会理解を進めるには、私たちの「日常」の姿を見てもらうことが何よりです。自身の体験を語ってもいいし、仕事のことについて意見交換してもいいと思います。そこに学会の実像があるからです。

 太田 私が参加した集いでも、部長が友人と参加。悩みや人生の目標などについて真剣に語り合う姿を見た友人は「想像していた学会の姿と全く違いました」と語っていました。このような、先輩の率先の行動に各地の男子部大学校生も奮起。人生初の折伏が実ったメンバーも相次ぎました。

 高木 千葉の壮年部では「黄金サンデー勤行会」を軸に、活動者の増加に取り組んでいます。会合終了後、参加できなかった方のもとに足を運び、励ましを広げることを心掛けています。

 岡崎 群馬の婦人部では「勤行をするようになった」「会合に参加できた」――など、信心の「一歩前進」をたたえ合うようにし、一人一人に光を当てました。

 原田 日頃の祈りと、励ましの積み重ねが総会を機に花開いたのでしょう。「地道な活動の継続」こそ拡大の要諦です。また、大切なのは「リーダー率先」です。今回、関東長、関東婦人部長はじめ、青年部のリーダーも続々と弘教を実らせたと聞きました。

 小渕 栃木では「今日も元気に エブリデイ折伏」を合言葉に、自身の行動で範を示そうと、リーダーが個人折伏に取り組みました。ある支部長は真心の対話を重ねた友人が入会を希望。さらに奥さまと4人のお子さんも含め、一家6人で入会をされました。

 高木 千葉の、ある支部長も総会に向け折伏を成就。さらに昨年、自身が御本尊流布した友人も折伏に挑戦し、弘教が実りました。その支部長は、経営する会社でも過去最高の売り上げを達成するなど社会での実証も光っています。

 小渕 一番身近な存在である家族への折伏も大きく進みました。37年越しの対話で、母親を入会に導いた壮年リーダーもいます。子どもや孫の入会も相次ぎました。全て、関東総会あってこそ生まれた「一家和楽の信心」のドラマです。

皆で「感動」を共有

 真田 茨城では、教学部任用試験の会友受験にも全力で取り組みました。受験申込者の4割以上が会友の方です。年頭に県婦人部長の紹介で入会した婦人の息子さんが、入会後、生き生きとしてきた母親の姿に任用試験の受験を決意。研さんを重ね、仏法への理解も深まる中、入会を決意。御本尊を受持したという感動の体験も生まれています。

 永石 仏法の生命尊厳の哲理を学ぶことで、着実に学会理解が広がりますね。

 真田 ヤング・ミセスでは「未入会の夫が聖教新聞を読んでくれました!」「ママ友に学会宣言し、理解が深まりました!」など、喜びや挑戦のエピソードを共有。活動への意欲にしています。女子部も大健闘しました。4月に任命されたばかりの華陽リーダーが、以前から悩みを聞き、題目を送り続けていた友人に御本尊流布できました。

 永石 関東女子部としても、本部2以上の折伏を達成。また、部で1人以上の華陽リーダーが誕生しましたね。その陰にも、女子部・婦人部一体の多くのドラマがあったことでしょう。

 岡崎 群馬では、婦人部が女子部の話を「聞く」ことに徹し、信頼関係を深めています。女子部の方から「同じ思いに立ってくれることが本当にうれしい」との声も伺います。ある支部では、婦人部長が女子部のリーダーと共に訪問・激励に取り組む中、6人の華陽リーダーが誕生しました。

 小渕 総会に向け、広布の師匠に心を合わせ、勝利のリズムで戦うことで力が湧き、見事な結果が生まれることをあらためて実感しました。このような機会をくださった池田先生に感謝の思いでいっぱいです。

 原田 「敢えて闘う」――先生が教えてくださったこの潔い敢闘精神こそ私たちの誇りです。「11・18」に向け、一人一人が家庭の、地域の、社会の太陽として輝きゆくことを確信します。

本部幹部会で紹介された池田先生の指針 2018年6月13日

本部幹部会で紹介された池田先生の指針 2018年6月13日

「黄金の日々」を勝ち取れ!
広布は「一人」から始まる
永遠に輝く「今生人界の思出」を
学会は「日蓮と同意」の団体
究極の幸福の軌道を邁進
創価の厳父・牧口先生の座像を見つめる池田先生ご夫妻(2007年7月、東京牧口記念会館で)

 「世界広布新時代第35回本部幹部会」(2日、千葉の船橋池田講堂)の席上、1997年1月の本部幹部会での池田先生のスピーチ映像が上映された。行学の二道に励む友への指針として掲載する。

 一、思えば牧口先生は、昇りゆく旭日のような勢いで、「価値創造」の青春を生き抜かれた。そして真っ赤な太陽が黄金の光を放ちゆくように、荘厳な人生の総仕上げを飾られた。
 素晴らしき夕日は、素晴らしき明日を約束する。西空を黄金に染めて沈む夕日は、明日の晴天を約束する。同じように今世の偉大なる安祥の「死」は、「永遠の幸福」を約束する。
 悔いなく広宣流布に生ききった一生は、三世永遠に仏界の大境涯へと輝きわたっていく。
 ゆえに「一生成仏」の大道を進め! 今世を広宣流布に生き抜け! そう日蓮大聖人は、厳しく教えられているのである。

「毅然たる信心」で

 一、戸田先生は、大確信をもって語られた。
 「大聖人のおことばを信じて、この(法華経の)鏡に照らしてみるならば、(牧口)先生は法華経流布の国のなかの、もっとも徳清らかな王家に、王子として再誕せらるべきこと、堅く信じられるべきで、先生の死後の幸福は、吾人(=私)に何千、何万倍のことか、ただただ、おしあわせをことほぐ(=祝福する)ばかりである」と。
 生命が存在する天体にしても、この地球だけではない。数多く存在するとされる。そこには、多くの「法華経流布の国」があると考えられる。
 ゆえに戸田先生は、御書に照らし、法華経に照らして明言された。
 ――牧口先生は素晴らしき「法華経流布の国」の、素晴らしき王家に、王子としてお生まれになられることだろう。それほど牧口先生の幸福は計り知れない。われわれの何千何万倍である、と。
 一、牧口先生、戸田先生に連なる学会員も、この一生を広宣流布に生ききったとき、皆、こうした永遠の勝利と栄光に包まれゆくことは、絶対に間違いない。ゆえに、負けてはならない。何があろうと「毅然たる信心」を貫くことである。
 御書に「一切衆生・南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり」(1143ページ)とある。
 また、「南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の思出なるべき」(467ページ)と。
 はかない、夢のような一生である。「一生はゆめの上・明日をごせず」(1163ページ)である。明日がどうなるかさえ、だれもわからない。いわんや永遠はわからない。
 いかなる富も地位も名声も、はかなき夢のごときものである。死後に持って行けるわけでもない。そのなかで、私どもは永遠の妙法を唱え、弘め、広宣流布に命を燃焼させている。これ以上の崇高な生き方はない。学会活動にこそ、人生の無上道がある。

太陽はわが胸中に

 一、また、大宇宙の一切は、「南無妙法蓮華経」の力用である。その「南無妙法蓮華経」という根本の法は、私どもの胸中にある。何と素晴らしいことか。
 太陽は今日も昇る。私どもも、題目を今日も唱え、胸中に太陽を昇らせていく。ひとたび太陽が昇れば、すべてが照らされていく。
 わが「生命の太陽」を赫々と燃やしながら、今日も祈っていこう、戦っていこう、生き抜いていこう、人生の福運をつくっていこう。ここに究極の幸福の軌道がある。
 どうか、「黄金の一日一日」を信心で勝ち取っていただきたい。この現実の「娑婆世界」「忍耐の世界」で、晴れ晴れと勝っていただきたい。
 一、牧口先生は、千葉で立宗された大聖人の御姿を通して、学会員を励まされた。1939年(昭和14年)、折伏のために九州に足を運ばれたときのことである。
 当時は、列車の長旅である。今のように飛行機はない。高齢(67歳)のお体には、相当こたえたはずである。しかし、先生は、法のためならば、いかなる労もいとわれなかった。
 その折、初対面のある婦人も、牧口先生の青年のようなすがすがしい音声、絶対の確信、誠実と慈愛の姿に感動して入会を決意する。
 声が大事である。確信が大事である。姿が大事である。すべて諸法実相である。
 牧口先生は、その発心した婦人に、こう語りかけ、心にクサビを打ち込まれた。
 「あなたが御本尊をいただくということは、仏法の原理に照らして、九州の全民衆が不幸という悩みから救われることになるのです!」
 「一人立て!」である。どの地でも、広宣流布は常に「一人」から始まる。

妙法の種は必ず花開く

 一、牧口先生は、その時、「諸法実相抄」の一節を拝された。
 「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし」(1360ページ)
 そして先生は、しみじみと語られたのである。
 「大聖人も千葉の嵩が森で第一声を放たれたときは、お一人でした。今、あなたが九州で一人、この最高の御本尊に向かって南無妙法蓮華経と唱えるということは、地涌の義によって、九州にも必ず、二人、三人、百人と御本尊を持つ人があらわれるということなのです」
 この言葉の通り、牧口先生が自ら蒔かれた妙法の種は、見事に花開いている。
 一、大聖人は、「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか」(同ページ)と仰せである。
 ただ「拝んでいる」だけでは、「日蓮と同意」にはならない。折伏をやろう! 広宣流布をやろう!――この心の炎が燃えている人が「日蓮と同意」なのである。その意味で、まさしく「日蓮と同意」で戦い抜かれた象徴が牧口先生である。
 「日蓮と同意」の団体は、現在も、未来においても、断じて創価学会しかない、と申し上げておきたい。
 本当に「日蓮と同意」の心をもった、本当の「学会の同志」で一緒に邁進しましょう!
 どうか、健康第一で、朗らかに、何ものをも乗り越えて、一日一日、福運を積んでいっていただきたい。
 私も、皆さまの健康、長寿、幸福、裕福を祈り続けたいと思っている。
 本日、お会いできなかった方にも、くれぐれもよろしくお伝えいただきたい。
 長時間、ありがとう!

世界広布新時代第35回本部幹部会 関東総会から(要旨) 活動体験 千葉 柏総県 朝倉禎史 総県総合長 2018年6月12日

世界広布新時代第35回本部幹部会 関東総会から(要旨) 活動体験 千葉 柏総県 朝倉禎史 総県総合長 2018年6月12日

36歳で医師免許を取得 2人の子も医療の道に
信心根本に勝利の人生開く
 

 一、私はいわゆる“学会3世”です。小学生までは、“転勤族”だった父の仕事の影響で、数年ごとに転校を繰り返していました。
 1973年4月、小学5年生の時に住んでいた東京・大田区では、池田先生との記念撮影会に参加する機会に恵まれました。
 その数日前、担当のお兄さんが、参加者で提出する少年部員カードを、わが家に持ってきました。「将来の志望」の欄に、私は「医師」と書きました。とはいえ、当時は、それほど真剣には考えていませんでした。大学卒業後は、予備校の講師になりました。
 働き始めて約1カ月後の早朝、突然、息苦しくなり、そのまま意識を失いました。気が付いた時は病院のベッドの上。倒れてから何日も経過していました。病名は「急性気管支ぜんそくの重積発作」。5分以上の心肺停止に陥り、まさに生死の境を、さまよいました。
 “家族や同志の祈りに守られた”と心から感じた私は、それからは男子部の活動にも、折伏にも全力で挑戦しました。当時、対話していたある友人は、会館に来るだけで体調が悪くなるほど、学会に拒絶反応を示していましたが、諦めずに祈り、対話を続けました。
 350万遍の題目をあげ抜いた時、彼女の方から「信心をやってみる」と言ってくれ、ついに入会に導くことができました(拍手)。その女性は今では分県婦人部長を務め、さらに私の妻も“兼任”しています(笑い)。
 妻とは89年に結婚し、その翌年には長男が誕生しました。
 仕事に活動に張り切っていたところ、再び重篤な発作に襲われました。幸いにも再び一命を取り留めることができましたが、乳児を抱える妻を不安にさせた申し訳なさとともに、助かった命の使い方を決めたいと御本尊に向かいました。すると、脳裏に、あの小学生の時の先生への誓いがよみがえりました。
 思い切って妻に打ち明けたところ、「夢があるなら応援する」と後押しをしてくれ、28歳で医学部受験への挑戦を開始しました。
 必ず1年で結果を出すと決め、猛勉強を開始。学会活動にも、一歩も引かずに取り組みました。誓いと祈りと執念、予備校講師としての受験ノウハウ、全てがかみ合い、目標通り、1年で医学部に合格することができました(拍手)。
 しかし、それから6年間の学生生活が大変でした。実習などもあるため、アルバイトすら満足にできず、蓄えていた貯金も底をつきました。
 生活に見合った家賃で、かつ男子部の会合に使える広さの住まいを探して8度も引っ越しを繰り返し、あるアパートでは雨もりにも悩まされました。それでも愚痴を言わず、明るく支えてくれた妻には本当に感謝しています。
 組織でも部長、本部長、圏男子部長を、全てやり抜き、36歳の時、晴れて医師免許を取得することができました(拍手)。
 一、医師となってからも信心根本の姿勢を貫こうと、皆が深夜まで大学に残るのを尻目に研究を切り上げ、学会活動に向かいました。仕事も活動も一切、手を抜かずに取り組むと腹を決めると、手掛けた研究でも不思議と守られ、同期の中で最も早く医学博士号を取得することができました(拍手)。
 診察の現場でも、インフォームドコンセント――患者さんへの十分な説明と同意が求められる場面で、多くの医師がコミュニケーションに四苦八苦している中、学会活動で身に付けた同苦の実践が大いに役立っています。
 青年部時代は、創価班でも戦わせていただきました。2001年9月、池田先生が出席された「第1回千葉青年部総会」に壇上役員として任務に就かせていただいたことは生涯の原点となっています。
 実は、この前日の役員会で、先生の体調が優れないことを伺いました。役員として会合を成功させたい思いと、医師として先生のお体を心配する思いが交錯し、複雑な思いで当日を迎えました。ところが、壇上の先生は体調のことなど全く感じさせない気迫で、アメリカの同時多発テロ直後で動揺する世界の同志に向けて、師子吼されました。
 「平和を願うならば、平和の準備をせよ! すなわち、断固として広宣流布せよ!」と。先生の平和への闘争心に触れ、生涯、先生に続こうと誓いました。
 壮年部に移行してからも、ブロック長、地区部長、支部長と、不規則な仕事をやり繰りし、頂いた使命に全身全霊で臨んできました。総県長を経て、総合長となった今も、病気で悩む友がいると聞けば、訪問・激励に向かい、「抜苦与楽」こそわが使命と、一人への励ましに徹しています。
 一、本年は、池田先生が柏文化会館を訪問されてから30周年。この佳節を勝利の実証で飾ろうと柏総県の同志は総立ちとなって戦い、この関東総会に向けた戦いでも、総県でブロック1の拡大を達成。私自身も本尊流布を達成して、本日を迎えることができました(拍手)。
 私が医学生だった頃、机を並べて小学校の宿題をしていた息子も、学ぶこと、挑戦することの喜びを感じ取ってくれたのか、自ら医師を志し、現在は埼玉の大学病院で若手医師として奮闘しています。
 女子地区リーダーの娘も、兄に続き、現在は医学部6年生。2人とも広布の庭で育ってくれたことが、何よりの喜びです。 
 明年には、地元に待望の我孫子文化会館が完成します。この建設のつち音に合わせ、同志と共に、人生の幸福と、地域広布の盤石な基盤を必ずや築いていく決意です(拍手)。

世界広布新時代第35回本部幹部会 関東総会から(要旨) 海外活動体験 ペルーSGI フーリア・カナシロ 婦人部指導会議議長 2018年6月12日

世界広布新時代第35回本部幹部会 関東総会から(要旨) 海外活動体験 ペルーSGI フーリア・カナシロ 婦人部指導会議議長 2018年6月12日

生命尊厳の哲理を社会へ
 

 一、私の両親は1962年、私が中学生だった頃に入会しました。広布の会場だったわが家には、多くの人が集まってきました。友達から、「なぜ、あなたの家には大勢の人が集まるの?」と聞かれるたび、私は「ナンミョウホウレンゲキョウという魔法の言葉を唱えるためよ」と答えていました。
 当時は、朝晩三遍の題目を唱えていたものの、その後には、ついつい習慣で十字を切ってしまうほど、全く信心を理解できていませんでした。そもそも当時は、スペイン語の教材もなく、誰もが手探りで活動している状況でした。
 それが一変したのが、66年の池田先生のペルー初訪問でした。先生は、メンバーに三つの勝利の要諦――第一に題目、第二に教学、第三に持続の信心という明確な指針を贈ってくださり、「ペルー・セイキョウ」の発刊も提案されました。スペイン語の機関紙を得たことで、ペルー広布の歯車は大きく回転を始めました。
 私自身も仏法を正しく理解できるようになり、ペルー広布の理想を実現するために力をつけようと勉強にも熱が入りました。進学した大学では語学の習得に徹し、卒業後は農業省に勤務。女子部として広布に走り抜く中、74年、先生を再びペルーへお迎えすることができました。
 私は役員として、先生の行動を間近で見させていただきました。小説『新・人間革命』につづられている通り、この時、先生は長旅の疲れからか、ひどく体調を崩され、食事もほとんど召し上がれない様子でした。それでも先生は、ペルーの人々との約束を果たすために、一つ一つの行事に全身全霊で臨まれました。
 国立サンマルコス大学を表敬訪問された後、同大学のゲバラ総長夫妻は先生の大誠実に感動し、わざわざ滞在先までお見舞いに来られました。どんな状況でも一人一人に真心を尽くされる先生の師子奮迅の姿に、私も何があろうとペルー広布に生き抜こうと誓いました。
 その翌年、ペルー女子部長の任命を受け、広い国土を同志の激励に走りました。
 84年、先生の3回目のペルー訪問で、わが国の最高勲章である「ペルー太陽大十字勲章」が先生に贈られた喜びと、1万人の「ペルー世界平和青年文化祭」を同志と共に大成功させることができた感動は、私の生涯の原点となっています。
 仕事でも、43年にわたって国営石油会社に勤務。現在は役員室長補佐として、経営に携わるまでに信頼を得ることができました。
 一、ペルーの同志は今、広宣流布大誓堂完成5周年の「11・18」に向けて、勇んで拡大に走っています。
 首都リマの、ある婦人部メンバーは、故郷の村にも妙法を弘めたいと、15時間かけてアンデス山脈がそびえるアンカシュ県まで通っています。標高は約4000メートル、慣れない人は高山病になりますので、文字通り、彼女でなければできない広布の活動です。彼女の奮闘で、この県の会合には32人が集うようになり、先月も2世帯の御本尊流布が実りました(拍手)。
 広大なアマゾンと3000メートル級の山々を抱えるクスコ地区では、地区部長・婦人部長が同志の激励のために、500キロの道のりを、東奔西走しています。地道な同志の活動によって、かつてインカ帝国の首都があった、この地域にも本年、支部が誕生することになりました(拍手)。
 このようなメンバー一人一人の粘り強い活動で、ペルーにある24の全ての県に、地涌の陣列が築かれるまでになりました(拍手)。
 一、さらに社会にも、学会への信頼と尊敬が大きく広がっています。池田先生が誠実の対話で友情を広げてくださったサンマルコス大学には本年、先生の思想を研究するカリキュラムが誕生。この成果は、1年後に出版される予定です。
 先生には同大学をはじめ、わが国の諸大学から名誉学術称号が贈られています。
 これからも、ペルーに生命尊厳と正義と平和の社会を築くため、いかなる困難にも怯まず、勇気と誠実の行動を貫いていきます(拍手)。

世界広布新時代第35回本部幹部会 関東総会から(要旨) 海外活動体験 ペルーSGI フーリア・カナシロ 婦人部指導会議議長 2018年6月12日

世界広布新時代第35回本部幹部会 関東総会から(要旨) 海外活動体験 ペルーSGI フーリア・カナシロ 婦人部指導会議議長 2018年6月12日

生命尊厳の哲理を社会へ
 

 一、私の両親は1962年、私が中学生だった頃に入会しました。広布の会場だったわが家には、多くの人が集まってきました。友達から、「なぜ、あなたの家には大勢の人が集まるの?」と聞かれるたび、私は「ナンミョウホウレンゲキョウという魔法の言葉を唱えるためよ」と答えていました。
 当時は、朝晩三遍の題目を唱えていたものの、その後には、ついつい習慣で十字を切ってしまうほど、全く信心を理解できていませんでした。そもそも当時は、スペイン語の教材もなく、誰もが手探りで活動している状況でした。
 それが一変したのが、66年の池田先生のペルー初訪問でした。先生は、メンバーに三つの勝利の要諦――第一に題目、第二に教学、第三に持続の信心という明確な指針を贈ってくださり、「ペルー・セイキョウ」の発刊も提案されました。スペイン語の機関紙を得たことで、ペルー広布の歯車は大きく回転を始めました。
 私自身も仏法を正しく理解できるようになり、ペルー広布の理想を実現するために力をつけようと勉強にも熱が入りました。進学した大学では語学の習得に徹し、卒業後は農業省に勤務。女子部として広布に走り抜く中、74年、先生を再びペルーへお迎えすることができました。
 私は役員として、先生の行動を間近で見させていただきました。小説『新・人間革命』につづられている通り、この時、先生は長旅の疲れからか、ひどく体調を崩され、食事もほとんど召し上がれない様子でした。それでも先生は、ペルーの人々との約束を果たすために、一つ一つの行事に全身全霊で臨まれました。
 国立サンマルコス大学を表敬訪問された後、同大学のゲバラ総長夫妻は先生の大誠実に感動し、わざわざ滞在先までお見舞いに来られました。どんな状況でも一人一人に真心を尽くされる先生の師子奮迅の姿に、私も何があろうとペルー広布に生き抜こうと誓いました。
 その翌年、ペルー女子部長の任命を受け、広い国土を同志の激励に走りました。
 84年、先生の3回目のペルー訪問で、わが国の最高勲章である「ペルー太陽大十字勲章」が先生に贈られた喜びと、1万人の「ペルー世界平和青年文化祭」を同志と共に大成功させることができた感動は、私の生涯の原点となっています。
 仕事でも、43年にわたって国営石油会社に勤務。現在は役員室長補佐として、経営に携わるまでに信頼を得ることができました。
 一、ペルーの同志は今、広宣流布大誓堂完成5周年の「11・18」に向けて、勇んで拡大に走っています。
 首都リマの、ある婦人部メンバーは、故郷の村にも妙法を弘めたいと、15時間かけてアンデス山脈がそびえるアンカシュ県まで通っています。標高は約4000メートル、慣れない人は高山病になりますので、文字通り、彼女でなければできない広布の活動です。彼女の奮闘で、この県の会合には32人が集うようになり、先月も2世帯の御本尊流布が実りました(拍手)。
 広大なアマゾンと3000メートル級の山々を抱えるクスコ地区では、地区部長・婦人部長が同志の激励のために、500キロの道のりを、東奔西走しています。地道な同志の活動によって、かつてインカ帝国の首都があった、この地域にも本年、支部が誕生することになりました(拍手)。
 このようなメンバー一人一人の粘り強い活動で、ペルーにある24の全ての県に、地涌の陣列が築かれるまでになりました(拍手)。
 一、さらに社会にも、学会への信頼と尊敬が大きく広がっています。池田先生が誠実の対話で友情を広げてくださったサンマルコス大学には本年、先生の思想を研究するカリキュラムが誕生。この成果は、1年後に出版される予定です。
 先生には同大学をはじめ、わが国の諸大学から名誉学術称号が贈られています。
 これからも、ペルーに生命尊厳と正義と平和の社会を築くため、いかなる困難にも怯まず、勇気と誠実の行動を貫いていきます(拍手)。