〈教学〉 12月度座談会拝読御書 兄弟抄 2019年12月3日

〈教学〉 12月度座談会拝読御書 兄弟抄 2019年12月3日

拝読御文

 設ひ・いかなる・わづらはしき事ありとも夢になして只法華経の事のみさはくらせ給うべし、中にも日蓮が法門は古へこそ信じがたかりしが今は前前いひをきし事既にあひぬればよしなく謗ぜし人人も悔る心あるべし、設ひこれより後に信ずる男女ありとも各各にはかへ思ふべからず(御書全集 1088ページ16行目~18行目、編年体御書 689ページ16行目~18行目)

[池田先生の指針から] 広布の大道を貫く

 現代において、「只法華経の事のみ」という「心の師」を求める生き方を堅実に歩んできた学会員は皆、見事に勝利の実証を示しています。日本中、世界中に庶民の信心の英雄は数多くおられます。
 その方たちこそ、「広宣流布の宝」です。
 また、「人類の宝」です。
 「法」を根幹として、また「師弟不二」に徹して、自身の宿命を転換し、何ものにも揺るがぬ幸福境涯を確立されています。
 
 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
 
 人間の心の動きは千差万別です。なかには、大聖人の予言的中の現証を見て、誹謗していたことを撤回して悔いる心をもつ人もいました。
 反対に、信心をしていながら迫害を恐れて退転し、あまつさえ、もともと誹謗していた人よりも一層激しく毀謗する心をもつ人も多くいました。
 
 心浅き人間。退転反逆の輩。臆病な者たち。人間の心は恐ろしいものです。だからこそ、大聖人は、まっすぐに師弟の道を歩み通した池上兄弟と夫人たちに「設ひこれより後に信ずる男女ありとも各各にはかへ思ふべからず」とまで仰せくださったと拝されてなりません。
 
 どんな嵐が吹き荒れても、いささかも微動だにせずに、背信の者たちを悠然と見おろし、ただ広宣の大道を貫いてきた門下たちこそ真の弟子であると、大聖人は最大に讃嘆なされております。「師弟」こそ、人生の無上の価値です。
 
 戸田先生は、次のように語られたことがあります。
 「一生成仏という大空に悠々と舞い上がっていくには、難という烈風に向かって飛び立たねばならない。難に負けない信心こそが、永遠の幸福の城を築きゆく力なのだ。信心で越えられぬ難など、断じてない」
 この戸田先生の決然たるご確信こそ、学会精神であり、折伏精神であり、魔と戦う攻撃精神です。
 
 どこまでも大事なのは信心です。
 大聖人は池上兄弟に対して、「必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり」(御書1091ページ)と仰せになられました。
 
 「賢者はよろこび」の信心に立てば、三障四魔の激しき風は、わが生命を覆う宿命の「雲」を吹き払います。そして、澄み切った天空には、大歓喜の虹がかかることは絶対に間違いありません。そこにこそ「正義」と「幸福」と「勝利」の太陽の光が燦然と輝くことを確信して、大難に対して威風堂々と挑んでいくことです。
 三障四魔を打ち破る弟子の勝利こそ、師匠の祈りであり、喜びなのです。
 (『勝利の経典「御書」に学ぶ』第2巻)
 
 

師弟不二に徹し 幸福境涯を確立
[キーワード1] 只法華経の事のみ

 今回の拝読御文の直前で、「心の師とは・なるとも心を師とせざれ」(御書1088ページ)と、揺れ動く自分の「心」を基準にするのではなく、「心の師」を求める生き方の大切さを示されています。
 
 私たちにとって「心の師」を求めるとは、御本尊根本、御書根本に生き抜くことです。それは、正しき道を厳然と指し示す師匠と共に、不二の人生を貫くことにほかなりません。
 
 さらに、私たちには「広宣流布の大願」という、ぶれることのない「地涌の菩薩」の使命があります。日々の祈りの中で、この崇高な誓願に立つことができるのは、どれほど素晴らしいことでしょうか。
 
 煩わしいと思うことも、大願で大きく包めば、自身を「人間革命」していくための糧になります。全てを“広布のため”と、価値創造していくことができます。
 
 一方で、信心が弱ければ、煩わしさは、三障四魔となって信仰を破壊してしまいます。だからこそ「法華経のことだけに取り組む」姿勢、すなわち法華経の信心を根本に置いた揺るがない生き方を強調されているのです。
 
 妙法流布、折伏に励む人は、必ず人生を大きく開いていくことができるのです。そのことを、池上兄弟とその夫人たちに大確信で教えられているのです。
 
 私たちも、広布の誓願に生き抜く師弟不二の人生を、朗らかに勝ち進んでいきましょう。
 
 

[キーワード2] 宿縁深き同志の世界

 人の本性は、苦難に直面した時に現れるものです。
 大聖人の時代も、迫害が激しくなると、多くの門下が退転していきました。
 仏法の厳しき眼で見れば、それはまさに、自身の揺れ動く弱い「心」を師としたことにほかなりません。
 
 大変な環境にあって、池上兄弟が、状況が良い時も、悪い時も、ただ一筋に信仰を貫いていることを、日蓮大聖人は「あなた方に替えて思うことはできない」と、最大にたたえてくださっているのです。
 
 広宣流布に励む人こそ、人類の宝です。それは、他の誰かではありません。師弟不二の道を歩む一人一人が人材です。
 
 池田先生はつづっています。
 「一人も残らず、使命の人だ。病と闘い、経済苦に挑み、夢に向かう友がいる。皆、人間革命のドラマの主役なのだ。
 戸田先生は『時には、“貧乏菩薩”や“病気菩薩”のように見えるかもしれない。しかし、それは人生の劇を演じているんだよ。正真正銘の地涌の菩薩なんだ』と、よく語られた。
 闘う姿で、同じ悩みを抱える人を励ましていける。嵐に揺るがぬ大境涯を開いていける。
 人生、劇の如く、思い切って楽しく演じ、勝ちまくって、妙法の偉大さを証明していこう!」
 
 今、この時に生まれ合わせた、師弟の縁、同志の宿縁は計りしれません。異体同心の仲良き団結で、励ましを広げながら、一人ももれなく使命の人生を歩み抜きましょう。

小説「新・人間革命」に学ぶ 第14巻 基礎資料編 2019年12月4日

小説「新・人間革命」に学ぶ 第14巻 基礎資料編 2019年12月4日

  • 連載〈世界広布の大道〉

 今回の「世界広布の大道 小説『新・人間革命』に学ぶ」は第14巻の「基礎資料編」。各章のあらすじ等を紹介する。次回の「名場面編」は11日付、「御書編」は18日付、「解説編」は25日付の予定。

【物語の時期】 1969年(昭和44年)5月3日~1970年11月8日
「智勇」の章

 1969年(昭和44年)5月3日の本部総会の席上、山本伸一は来年の5月3日までの目標として、750万世帯の達成を発表する。また、71年(同46年)の開学をめざす創価大学に、「人間教育の最高学府たれ」など、三つのモットーを示す。さらに、過激化し、混迷する学生運動に言及。自由主義共産主義止揚する人間主義に立脚した、「第三の道」を開くように提案する。
 彼は、学生運動の行方に、常に心を砕き続けてきた。月刊誌に次々と学生運動についての原稿を寄せ、大学紛争の根本原因は、教授らに学生への愛情と信頼がなかったところにあると述べ、学生には、暴力では真の社会改革はできないと強調。また、三権分立に教育権を加えた「四権分立」構想を提唱する。
 夏季講習会の折、男子学生部は、大学の自治を奪う「大学立法」に反対する全国野外統一集会を行う。伸一も参加し、自らデモの先頭にも立つ。
 学生運動の「第三の道」を開くために、智勇兼備の学生部員が立ち上がり、10月19日、新学生同盟の結成大会が開かれる。これは後の学会の平和運動の先駆的試みとなっていく。

「使命」の章

 1969年(昭和44年)、広布の緑野に、多彩な「使命」の花が、新たに咲き始める。
 当時、看護師の過重労働から病院でのストライキが起こるなか、6月6日、女子部の看護師メンバーによる白樺グループが結成される。それは、メンバーに新たな使命の自覚を促し、限りない勇気と誇りを与えた。彼女たちは、「生命の世紀」のパイオニアとして、人間主義の看護をめざし、奮闘していく。
 7月、第6回全米総会を記念するパレードに、日本から富士鼓笛隊が出場。そこには、体の不調を克服して臨んだメンバーなど、乙女らの青春勝利のドラマがあった。また、56年(同31年)7月の鼓笛隊結成以来の歴史がつづられていく。アメリカでの公演の大成功を聞いた伸一は、心で「世界一の鼓笛隊万歳!」と叫び、「平和の天使」たちを称賛する。
 8月17日、夏季講習会の折、文芸部が結成される。伸一は、“「文は生命」であり、「文は魂」であり、また「文は境涯」である”と指導。新しきルネサンス(文芸復興)の担い手が、陸続と育つことを願い、全魂を込めて激励する。

「烈風」の章

 12月下旬、伸一は、関西指導へ。だが、急性気管支肺炎による高熱と咳が彼をさいなむ。
 医師も危ぶむ容体のなか、21日、和歌山での幹部会に出席。死力を振り絞ってメンバーを励まし、気迫あふれる学会歌の指揮を執る。伸一の生命を賭しての激闘は、同志の闘魂を燃え上がらせ、民衆勝利の歴史を開く。
 この頃、学会が、学会批判書の出版を妨害したとして、非難の集中砲火を浴びていた。学会の幹部が著者を訪ね、臆測ではなく、事実に基づいた執筆を要望したことなどが、言論弾圧とされたのである。やがて、国会を舞台にしての、学会と公明党、さらには伸一への攻撃となっていく。
 その背景には、学会の大発展、そして公明党の大躍進に危機感を抱いた、既成の宗教勢力、政治勢力の動きもあった。
 その中で学会は、1970年(昭和45年)1月、当初の目標より早く、会員750万世帯を突破する。
 伸一は、打ち続く試練の「烈風」に向かい、社会の模範となる理想的な学会をつくろうと心に期す。

「大河」の章

 1970年(昭和45年)5月3日、伸一の会長就任10周年となる本部総会が開かれる。席上、彼は、広宣流布とは“流れそれ自体”であり、“妙法の大地に展開する大文化運動”であると訴える。
 また、言論問題に触れ、学会を正しく理解してほしいとの個人の熱情が、出版を妨害されたとの誤解を招いてしまったことに謝意を表した。
 さらに、学会の組織形態について、紹介者と新入会者のつながりで構成された「タテ線」から、地域を基盤としたブロック組織の「ヨコ線」へと移行することを発表する。
 この総会をもって学会は、「大河」の時代へと入り、新しき前進を開始した。
 伸一は21世紀を見据え、若い世代の中核となる人材の育成に全力を傾ける。6月、高等部、中等部、少年・少女部の代表の研修会を開き、人材グループ「未来会」を結成する。
 9月、聖教新聞社の社屋が落成。11月8日には、第2回全国通信員大会が行われる。伸一は、聖教の幹部に“通信員と配達員こそ新聞の生命線”と訴え、自身も皆の先頭に立って、言論戦を展開しようと決意する。

聖教新聞 創刊からの主な歩み

 「大河」の章では、1970年(昭和45年)9月に行われた聖教新聞本社屋の落成式の模様がつづられている。聖教新聞は、読者、配達員、通信員、新聞長をはじめ、多くの方々の真心に支えられ、歴史を刻んできた。

聖教新聞社 発展の軌跡
①学会本部の移転に合わせて信濃町
1953年11月、学会本部が西神田から信濃町へ。聖教新聞社も市ケ谷のビルから学会本部内に移った
1953年11月、学会本部が西神田から信濃町へ。聖教新聞社市ケ谷のビルから学会本部内に移った
②本部に隣接する建物を社屋に改築
学会本部の隣接地にあった2階建ての建物。これが改装され、聖教新聞社屋となった(1957年8月)
学会本部の隣接地にあった2階建ての建物。これが改装され、聖教新聞社屋となった(1957年8月)
③創刊10周年に3階建ての社屋が完成
創刊10周年に当たる1961年の5月、新社屋が完成。日刊化への移行など、聖教は大きな飛躍を遂げていく
創刊10周年に当たる1961年の5月、新社屋が完成。日刊化への移行など、聖教は大きな飛躍を遂げていく
④近代設備を備えた建物へ
コンピューター室や電送写真室など、近代設備が備わった聖教新聞本社屋が完成(1970年9月)
コンピューター室や電送写真室など、近代設備が備わった聖教新聞本社屋が完成(1970年9月)
⑤「創価学会 世界聖教会館」がオープン
今年11月18日にオープンした「創価学会 世界聖教会館」。機関紙・誌の編集室のほか、礼拝室となる「言論会館」、展示室などが設置されている
今年11月18日にオープンした「創価学会 世界聖教会館」。機関紙・誌の編集室のほか、礼拝室となる「言論会館」、展示室などが設置されている

【挿絵】内田健一郎 【題字のイラスト】間瀬健治

〈随筆「人間革命」光あれ〉 池田大作 創価の陣列に力あり 2019年12月2日

〈随筆「人間革命」光あれ〉 池田大作 創価の陣列に力あり 2019年12月2日

  • 学会は永遠に前進! 威風堂々と

 その日その朝、私は、師から託されていた使命を胸に、遠大なる走破へ一歩を踏み出した。
 愛する沖縄の天地で、小説『人間革命』の執筆を始めたのである。
 一九六四年(昭和三十九年)の十二月。日付は恩師・戸田先生の命日である二日と決めていた。世界広宣流布の旅に出発したのも、会長就任の年、十月の二日である。
 恩師の「妙悟空」の筆名を「法悟空」として引き継いだ『人間革命』は、それ自体が師弟継承の物語といってよい。
 師の厳しくも温かな眼差しを常に感じながら、先生ならどうされるかを常に問いながら、ペンの闘争に打って出たのだ。
 

黎明は沖縄から

 五十五年前、沖縄本部の小さな和室の文机で書き起こした「黎明」の章は、沖縄の宝友たちとの共戦譜そのものである。
 前夜の地区部長会では「国土世間を変えゆく要諦は、人間革命にある。必ず沖縄を、平和と繁栄の、模範の社会に!」と語り合った。
 戦争で両親を亡くした青年部の友には、恩師の和歌を書き贈った。
 「辛くとも 
   歎くな友よ
    明日の日に
   広宣流布
    楽土をぞみん」
 
 最初の原稿を書き上げた午後には、学生部の友と固い握手を交わした。その英才たちが中核となって、十年後、青年部の反戦出版の第一弾となる『打ち砕かれしうるま島』を発刊してくれたのである。
 共戦の五十五年の歳月、大誠実の沖縄家族は一人ひとりが自らの人間革命に挑みながら、人類の希望と光る楽土の建設へ、「命をかけて ひと筋に」走り続けてくれた。
 明年は、沖縄支部の結成六十周年でもある。今再び沖縄から、広宣流布立正安国の新たな「黎明」が世界へ広がりゆくことを、私は強盛に祈ってやまない。
 

人材を育む祈り
紅(くれない)燃ゆる紅葉が大地から噴き上がるように――我らも情熱の炎を燃やし、新たな年へ!(1998年11月、池田先生撮影。京都で)
紅(くれない)燃ゆる紅葉が大地から噴き上がるように――我らも情熱の炎を燃やし、新たな年へ!(1998年11月、池田先生撮影。京都で)

 創立九十周年へ、わが同志は今、威風堂々の大前進を開始している。
 「先駆」の大九州も、「常勝」の大関西も、意気と歓喜にみなぎる美事な総会であった。
 日本全国いずこでも、新進気鋭のリーダーが誕生し、百戦錬磨の先輩と共に、御本仏から任された「其の国の仏法」(御書一四六七ページ)のために奮闘している。頼もしい限りだ。
 最晩年、「もう何もいらない。ただ人材が欲しい」と語られていた戸田先生がどんなに喜ばれているか。
 戸田先生が線を引き、二重丸を付して大切にされていた有名な御聖訓がある。
 「妙法蓮華経の五字・末法の始に一閻浮提にひろまらせ給うべき瑞相に日蓮さきがけ(魁)したり、わたうども(和党共)二陣三陣つづきて迦葉・阿難にも勝ぐれ天台・伝教にもこへよかし」(同九一〇ページ)
 先生は、この仰せのままに、殉教の先師・牧口先生の心を継ぎ、戦後の荒野に、ただ一人立たれたのである。
 そして二陣三陣と続く地涌の若人を呼び出し、薫陶された。魂の炎をつなぐ師弟の共戦と後継なくして、一閻浮提広宣流布の実現はないからだ。
 明「前進・人材の年」は、まさに、この共戦・後継に焦点がある。
 

誓いの後継よ 二陣三陣と立ち上がれ
広布とは「人間勝利の花」「平和と文化の華」を咲かせゆく前進! 香り高き菊花に囲まれて(1997年11月、山梨教学研修センターで)
広布とは「人間勝利の花」「平和と文化の華」を咲かせゆく前進! 香り高き菊花に囲まれて(1997年11月、山梨教学研修センターで)

 日蓮大聖人は、四条金吾への手紙に、「殿の御事をば・ひまなく法華経・釈迦仏・日天に申すなり其の故は法華経の命を継ぐ人なればと思うなり」(同一一六九ページ)と綴られた。
 御自分のことよりも、わが直弟子こそ「法華経の命を継ぐ人」であり、何よりも大事な存在であると、勝利を祈り、励まし抜かれた大慈大悲が拝されてならない。
 後輩を自分以上の人材に、そして二陣三陣と続く後継の友の道を、広々と開いてみせる――この深き祈りと励ましが人材を育むのである。
 そのためには、まず、先輩やリーダーが自ら労苦の汗を流すことだ。人びとに尽くし、勇気と希望を広げる人材の手本を自分が示す以外にない。生まれ変わった決意で、自身の人間革命に挑戦しゆくのだ。
 「月月・日日につよ(強)り給へ」(御書一一九〇ページ)と仰せのように、惰性を排し、朗々たる題目の師子吼で魔を打ち破って、一日一日、生き生きと前進することだ。
 「創造的な活動によって、人は自分自身に新しい命を授ける」――これは、ナチスの暴虐に苦しむ祖国ポーランドのために戦った音楽家パデレフスキの言葉である。
 学会は「価値創造」の団体である。創価の師弟は、この濁世にあって、何があろうとも、平和と幸福の価値を無限に創造しゆく使命を担って、ここに雲集しているのだ。
 

生命は響き合う

 十一月十八日、創立のその日に開催された本部幹部会は、“世界民衆平和会議”というべきSGI総会でもあった。
 それこそ「万里の波濤」を越えるような求道の熱い心で集い来られたのは、世界六十五カ国・地域、二百八十人の地涌の指導者である。
 「道のとを(遠)きに心ざしのあらわるるにや」(御書一二二三ページ)と賞讃された御本仏のお心を拝するにつけ、同志の尊き「心ざし」の陰徳陽報は厳然たり、と確信してやまない。
 総会の前日、世界の友は、台風・大雨の被災等を乗り越えてきた関東五県の三十二会場に走って、交流交歓会に臨んだ。
 “地球家族”のザダンカイには、多数の友人も参加され、南無妙法蓮華経の題目が“世界の共通語”になっていることや、海外メンバーの明るさや信仰体験に大きな感動の輪が広がった。
 世界の友と日本の友の信心の息吹が力強く響き合って、「随喜する声を聞いて随喜し」(同一一九九ページ)という大歓喜の連鎖が起こったのだ。まさに人間と人間、魂と魂の生き生きとした結縁と触発こそ、広宣流布の源泉といってよい。師弟の絆、同志の団結の不変の力がここにある。
 
 戸田先生とご一緒に迎えた最後の創立記念日に、私は書き留めた。
 「先生の力で、われらはこれまで育つ。
 先生の力で、妙法の境涯を開く。
 先生の力で、われらの力は発揮できた。
 先生の師恩は、山よりも高し。海よりも深し。
 忘れじ、われは。偉大なる師の歴史を世界に示さん。誓う、堅く」――
 この不二の縁で結ばれた後継の陣列によって、世界広布の大道はいやまして開かれていくのだ。
 

種を蒔く人の歌

 災害が打ち続いた本年、農漁光部の方々のご苦労が痛いほど偲ばれてならない。「変毒為薬」されゆくことを祈念し、題目を送らせていただく日々である。
 豊かな実りの陰には、大地を耕し、種を蒔いた人の苦闘が必ずある。
 長年、親交を結んだキルギス共和国出身の文豪アイトマートフ氏は、祖国の古謡「種蒔く人」を深く愛されていた。
 創価学園生に温かな励ましを送られた際にも、この古謡を朗誦された。
 「蒔かれた種に心ゆくまで水をやり……一粒の種が千粒の実をつけますように」――と。
 炎天をものともせず、農作業に励む尊さを謳い上げた一節を通し、「種蒔く人の祈り」を強調したのだ。とともに氏は、後悔なき人生の根本を、こうも示していた。
 「自分がだれで、どこから来たのかを忘れないこと、打算も理由もなしに無条件に自分を愛し、育ててくれた人々への感謝を忘れないこと」と。
 創価の多宝の父たち母たちは、同志に会う際、祈り抜いて臨んできた。その真剣な心に「ここまで自分のことを思ってくれていたのか」と多くの後輩が立ち上がり、広布の闘士に育ったのだ。
 いつの時代も、人材の育成に近道はない。だが友の可能性を信じ、大確信で向き合えば、時間はかかろうとも、必ず成長の姿で応えてくれる。
 素晴らしい伝統となった未来部の「E―1グランプリ」も、実に多くの方々の祈りと真心の結晶である。晴れ舞台に立った未来部の友は笑顔で語った。「応援してくださった同志の皆さんの祈りのおかげなんです」と。
 今回、多くの未来部員とその友が、挑戦してくれた。伸びゆく世界市民たちは、何と凜々しく、何と心豊かに、何と聡明に育ってくれていることだろうか!
 この尊き心の大地に、私たちはさらに希望の励ましを注いでいきたい。
 

勇気を! どんな壁も必ず破れる!
挑戦し突破せよ
2009年12月――冷戦終結20周年の節に、ゴルバチョフ元ソ連大統領を歓迎。10度目の語らいは、青年への期待に満ちて(都内で)
2009年12月――冷戦終結20周年の節に、ゴルバチョフソ連大統領を歓迎。10度目の語らいは、青年への期待に満ちて(都内で)

 嬉しいことに今、世界の青年たちが小説『新・人間革命』を学んでくれている。それは、さながら師弟の心の対話である。
 欧州でも「『新・人間革命』世代よ 光り輝け!」を合言葉に、連帯を広げている。
 本年十一月は、あの「ベルリンの壁」の崩壊から三十年――。
 私は、十年前(二〇〇九年)の師走、冷戦終結の立役者ゴルバチョフ氏と語り合った。
 「今再び、『どんな壁も必ず打ち破れるのだ』という勇気を、共に世界の青年に贈りたい」と。
 人生も、社会も、常に「壁」との戦いである。
 しかし、行く手を阻む壁を一つ一つ突破しゆくことが、青春の挑戦であり、本懐である。そして「地球民族主義」のビジョンをもって、世界を分断するいかなる壁も、悠然と越えていくのだ。
 一人の「人間革命」から人類の「宿命転換」へ――この大いなる主題を誇り高く掲げ、わが創価世界市民よ、誓いの後継たちよ、地涌の使命の炎を燃やし、走りゆこうではないか!
 
(随時、掲載いたします)
 

<引用文献>パデレフスキの言葉は『闘うピアニスト パデレフスキ自伝㊦』湯浅玲子訳(ハンナ)。

元品の法性は梵天・帝釈等と顕われ元品の無明は第六天の魔王と顕われたり

 今回の「心大歓喜――紙上講義で学ぼう」には、久保中国教学部長が登場。「治病大小権実違目(治病抄)」の御文を拝し、恒久平和の実現へ、生命尊厳の哲学を社会の柱にしていく、創価の精神闘争について、つづってもらいます。
 

= 御文 =

 元品の法性は梵天・帝釈等と顕われ元品の無明第六天の魔王と顕われたり
 (治病大小権実違目、997ページ7行目~8行目)

= 通解 =

 (生命に本来具わっている)「元品の法性」は、梵天・帝釈などの諸天善神として顕れ、(本来具わっている)「元品の無明」は、第六天の魔王として顕れるのである。
 

「人間革命」の連帯広げ
生命尊厳を社会の柱に

 11月は、広島にとって、師弟の平和闘争の魂が赤々と燃える月です。
 
 あの歴史的な「原水爆禁止宣言」から2カ月後の1957年(昭和32年)11月、体調を崩された戸田先生は、命懸けで広島訪問を断行しようとされました。しかし、病状は思わしくなく、断念せざるをえませんでした。
 恩師の思いを胸に、平和への戦いを起こした池田先生は、75年(同50年)11月、広島を訪れ、原爆死没者慰霊碑に祈りをささげられました。
 
 この師弟の峻厳なる平和闘争を受け継ぎ、さらに世界へと広げるのが、広島で生まれ育った被爆2世である私自身の使命と定め、青年時代から平和運動に邁進してきました。うれしいことに中国方面には、平和の闘争を継ぐ、青年の人材山脈がそびえています。
 
 

核兵器と戦争の惨禍を伝え、平和への誓いを広げる世界遺産の「原爆ドーム」。池田先生は、1993年(平成5年)8月6日、広島に原爆が投下された「原爆の日」に、小説『新・人間革命』の執筆を開始し、冒頭で平和闘争の宣言となる一節をつづった。「平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない。平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない」(写真:PIXTA)
核兵器と戦争の惨禍を伝え、平和への誓いを広げる世界遺産の「原爆ドーム」。池田先生は、1993年(平成5年)8月6日、広島に原爆が投下された「原爆の日」に、小説『新・人間革命』の執筆を開始し、冒頭で平和闘争の宣言となる一節をつづった。「平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない。平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない」(写真:PIXTA)

 今回拝する「治病大小権実違目」の御文は、一人一人の生命の変革によって、災難をとどめる道理を示されている箇所です。つまり、平和は一人の「人間革命」から始まるのです。
 
 仏法では、善も悪も、一人の生命に厳然と具わっていると教えています。
 その上で、善性である「元品の法性」は諸天善神の働き、悪性である「元品の無明」は「第六天の魔王」の働きとなって顕れると仰せです。
 
 「元品の無明」とは、生命に具わる根本的無知、迷いのことですが、その根底は、生命の尊厳が信じられないということです。それは、他者だけでなく、自身の生命の軽視でもあります。
 
 この視座から見れば、「第六天の魔王」は、支配欲・権力欲・国家悪等として働き、顕れます。人類を何度も亡ぼすほどの膨大な数の核兵器を頂点とする軍事・軍需体系は、その権化です。他者の生命を奪う戦争もそうです。ゆえに、戸田先生が、核兵器をサタン(悪魔)の産物と言われたのです。
 
 核兵器は、人間が生み出したのであるならば、人々の生命を変革し、善の連帯を広げることで、核兵器廃絶も、恒久平和も現実にできるはずです。
 “核兵器なんて私には関係ない”と思う人もいるでしょう。しかし、仏法では、善悪一如と説きます。自分の中に善も悪も具わっていると洞察するならば、誰もが当事者なのです。
 
 

 大学1年の時、アジアからの留学生との交流で、「日本も加害者」と認識されていることにがくぜんとしました。被害者意識だけでは、狭小な運動になりかねないことを知ったのです。平和を前進させるには、互いを良く知り、相手の立場を尊重しながら、理解を広げていかねばなりません。
 
 また、大学2年の時、学会の反戦出版の一つとして、被爆証言集が発刊されました。そこに、母の証言が収録されました。折々に聞いていましたが、まとまった形で読んだ時、母の平和への思いが胸に迫ってきました。
 
 今も新たに、証言される方々がおられます。それは、家族も含め、偏見や差別との戦いの始まりです。その覚悟に、思いを馳せなければなりません。
 “二度とこの苦しみを、誰にも味わわせたくない”との、切なる願いが、重い心の扉を開いたのです。
 
 

学会が取り組んできた反戦出版
学会が取り組んできた反戦出版

 学会は、これまで反戦出版をはじめ、核廃絶を訴える展示や署名を行ってきました。広島では、青年部主催の「平和のための広島学講座」を30年にわたって開催してきました。私も、毎週、内外の人たちに、新聞各紙の切り抜きなどの平和情報を発信し続けています。
 
 日蓮大聖人は、「同居穢土を・とられじ・うばはんと・あらそう」(御書1224ページ)と仰せです。現実の魔性との闘争の中で、一人一人の人間の善性を呼び覚ます対話を続けていくしかないのです。
 
 池田先生は、創価学会の社会的貢献に関して、主師親の三徳になぞらえ、次のように教えてくださいました。
 「生命の尊厳を護る『主の徳』を目指すのは、平和の貢献です。青年を正しく導く『師の徳』を体現するのが、人間教育です。人類の心を耕し、結び合う『親の徳』は、文化の交流です」(『御書と師弟』第3巻)
 学会の平和運動は、憎悪や偏見などが渦巻く現代社会にあって、厳然とそびえ立つ平和と希望の柱なのです。
 
 大聖人は「心地を九識にもち修行をば六識にせよ」(御書1506ページ)と仰せです。現実社会は、利害や思惑が複雑に絡み合っています。分断の風潮が強まる中で、どこまでも「立正安国」の理念を高く掲げながら、平和を構築していきたい。恒久平和は、決して静的なものではなく、間断なき闘争に勝ち続けてこそ可能になるのです。
 

池田先生の指針から――

 核兵器を廃絶せよ! その元凶となる生命軽視の魔性の思想を打ち破れ! 恩師の遺訓のまま我らは弛まず進む。
 それは「元品の無明」を破って「元品の法性」を開き、民衆一人一人の心に平和の砦を築く地涌の挑戦である。「生命尊厳」を地球社会の柱に打ち立てゆく精神闘争だ。
 この最極の道である「立正安国」の対話に、今日も挑みゆこう!(本年9月6日付本紙、御書と歩むⅡ――池田先生が贈る指針)
 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
 きょう9月8日は、わが師・戸田城聖先生が、学会の平和運動の永遠の原点である「原水爆禁止宣言」を、青年に託された日であります。
 “核兵器を絶対に使用させてはならない”“世界の民衆の生存の権利を断じて守らなければならない”との恩師の師子吼を、私は不二の弟子の誓いとして命に刻みつけ、行動を貫いてきました。(中略)
 
 長らく不可能と言われ続けてきた核兵器禁止条約が、2年前に国連で採択されたのであります。
 私は、広島と長崎に原爆が投下されてから75年となる明2020年のうちに、何としても核兵器禁止条約の発効を実現させたいと切望しています。
 条約の発効こそが、原水爆禁止宣言で訴えられた、核兵器を容認する思想の「奥に隠されているところの爪」をもぎ取るための不可欠の基盤になると信じてやまないからです。(本年9月10日付本紙、青年不戦サミットへのメッセージ)

小説「新・人間革命に学ぶ」 第13巻 解説編 池田主任副会長の紙上講座 2019年11月27日

小説「新・人間革命に学ぶ」 第13巻 解説編 池田主任副会長の紙上講座 2019年11月27日

  • 連載〈世界広布の大道〉

 今回の「世界広布の大道 小説『新・人間革命』に学ぶ」は第13巻の「解説編」。池田博正主任副会長の紙上講座とともに、同巻につづられた珠玉の名言を紹介する。

紙上講座 池田主任副会長
3:58
ポイント
日中友好を万代へ
②楽土は人間の建設に
③座談会充実の要諦

 間もなく迎える12月5日は、池田先生が第2次訪中(1974年)の折、周恩来総理と会見した日です。今年は45周年の佳節です。

 第13巻「金の橋」の章では、1968年(昭和43年)9月8日、山本伸一が学生部総会の席上、「日中国交正常化提言」を発表した経緯が詳細に記されています。

 伸一の日中友好に懸ける思いは、恩師・戸田先生の誓いでもありました。「雲の井に 月こそ見んと 願いてし アジアの民に 日をぞ送らん」(11ページ)との和歌に象徴されるように、戸田先生はアジア、中でも中国に対する「ことのほか深い」(同ページ)思いがあったのです。

 また、提言発表には、日中の関係改善に心血を注いできた人たちとの出会いがありました。その一人が、実業家の高碕達之助です。

 伸一と高碕が語り合ったのは、63年(同38年)9月。高碕は中国の様子などを伝えると、伸一に「あなたには、その日中友好の力になってもらいたい」(26ページ)と率直に訴えます。それに対して、伸一は「必ず、やらせていただきます」(同ページ)と応え、日中友好の「金の橋」を架けることを決意します。

 当時の日本は、中国敵視政策をとっており、日中友好を口にすれば、激しい非難と中傷が起こることは容易に想像できました。それでも、伸一は恩師や日中友好に尽くす方々の思いを胸に、「私が、発言するしかない!」(43ページ)と提言の発表を行いました。

 伸一の提言に、代議士の松村謙三は、「百万の味方を得た思い」(81ページ)と述べ、「ぜひとも、あなたを周恩来総理に紹介したい」(82ページ)とまで語ります。

 高碕も松村も、伸一と40歳以上の年の差がありました。2人は、伸一に日中の将来を託そうとしたのです。

 同章には、「日中友好の永遠なる『金の橋』を築き上げるという大業は、決して、一代限りではできない」(44ページ)とあります。伸一が提言発表の場を、学生部総会としたのも、「学生部員のなかから、自分の提言の実現のために、生涯、走り抜いてくれる同志が必ず出るにちがいない」(同ページ)との確信があったからです。

 池田先生はこれまで、10度訪中し、青年交流、文化・教育交流を幅広く推進してこられました。両国間に築かれた平和と友誼の「金の橋」は揺るがぬものとなっています。

 池田先生には、中国の大学・学術機関から数多くの名誉学術称号が贈られています。また、これまで約40の大学などに、池田思想の研究機関が設置されてきました。さらに、創価大学は現在、60を超える中国の大学・学術機関と学術交流協定を締結しています。

 明年3月からは、日本全国30都市で、上海歌舞団が出演する舞劇「朱鷺」の民音公演が開催されます。東京富士美術館では、明秋に「大シルクロード展(仮称)」が予定されています。

 また、1985年から中華全国青年連合会(全青連)と学会青年部は交流を重ねており、中華全国婦女連合会(婦女連)と創価学会の女性交流は今年で40周年となりました。

 池田先生が架けた日中の「金の橋」を万代へ――後継の青年部・未来部の皆さんは、その大きな使命と責任を担っているのです。

北京の釣魚台国賓館の一角。池田先生はここで、中日友好協会会長を務めた孫平化氏など、多くの要人と友誼の語らいを重ねた(1992年10月、先生撮影)
北京の釣魚台国賓館の一角。池田先生はここで、中日友好協会会長を務めた孫平化氏など、多くの要人と友誼の語らいを重ねた(1992年10月、先生撮影)
首里城に思い馳せて

 「楽土」の章では、山本伸一が1969年(昭和44年)2月に沖縄を訪問した場面が描かれています。

 この時、沖縄は本土復帰問題などで揺れていました。同章に「真の繁栄と平和を勝ち取ることができるかどうかは、最終的には、そこに住む人びとの、一念にこそかかっている」「楽土の建設は、主体である人間自身の建設にこそかかっている」(302ページ)とつづられています。伸一は、「会員一人ひとりの胸中深く、確固不動なる信心の杭を打ち込もう」(303ページ)と誓い、沖縄を訪れました。

 この訪問の折、芸術祭が行われ、演劇「青年尚巴志」が演じられました。総勢100人の出演者による1時間半にわたる舞台でした。

 尚巴志は15世紀に琉球を統一し、首里城を拡充した名将です。沖縄の同志は、「戦時中から今まで、沖縄の民衆がなめてきた辛酸は、尚巴志が生きた戦乱の時代と酷似している」(342ページ)と思い、この劇で沖縄の平和建設への決意を表現しました。

 あの悲惨な沖縄戦で焼失した首里城は、89年(平成元年)に復元工事が始まり、3年後の92年(同4年)、正殿などが再建されました。

 94年(同6年)2月の沖縄訪問の折、池田先生は首里城を視察しています。「楽土」の章の連載は、2002年(同14年)10月からです。先生は首里城の姿を思い浮かべながら、執筆されたのではないでしょうか。

 首里城は、沖縄の歴史と文化、そして平和のシンボルです。その首里城の正殿などが先日、焼失しました。沖縄の皆さまの心中は、察するに余りあります。首里城の雄姿が再び見られることを願ってやみません。

池田先生が首里城を視察(1994年2月)。首里城跡は、日本で11番目の世界遺産に登録されている
池田先生が首里城を視察(1994年2月)。首里城跡は、日本で11番目の世界遺産に登録されている
事前の準備で決まる

 「北斗」の章に、「牧口初代会長以来、学会は座談会とともにあった」(162ページ)とある通り、座談会は学会の伝統です。同章には、「座談会革命」について記されています。

 座談会を充実させる秘訣を尋ねられた伸一は、座談会は、弘教のための仏法対話の場であり、集ってきた同志に、勇気と確信を与える真剣勝負の指導の場であることを述べた上で、「中心者の気迫と力量が勝負になる」(164ページ)と強調します。

 そのほかにも、①新来者を連れてきた人に、心からの尊敬の念をもって激励すること②座談会は当日だけでなく、結集も含め、事前の準備によって決まること③担当する幹部は、成功を真剣に御本尊に祈り、決意と確信をもって臨むこと④リーダーの社会性ある、常識豊かな振る舞いが大事であること⑤会場提供者に礼を尽くすことなどが、座談会を成功させるための要諦であると語ります。

 聖教新聞では、「世界のザダンカイ」などで、各国の座談会の模様を紹介しています。「ザダンカイ」は今、世界の共通語です。

 「創価学会といっても、それは、どこか遠くにあるのではない。わが地区の座談会のなかにこそ、学会の実像がある」(168ページ)とあるように、私たちは座談会の充実を図りながら、世界宗教としての誇りも高く、前進していこうではありませんか。

名言集
●国交の本義

 国交も、その本義は人間の交流にあり、民衆の交流にある。友情と信頼の絆で、人間同士が結ばれることだ。国家といっても、それを動かすのは人間であるからだ。(「金の橋」の章、63ページ)

●広布貢献の功徳

 わが家を活動の拠点に提供し、広宣流布に貢献してきた功徳は、無量であり、無辺である。それは、大福運、大福徳となって、子々孫々までも照らしゆくにちがいない。(「北斗」の章、119ページ)

●女性の世紀

 女性の幸福なくして、人類の平和はない。女性が輝けば、家庭も、地域も、社会も輝く。ゆえに二十一世紀は、女性が主役となる「女性の世紀」に、しなくてはならない。(「北斗」の章、160ページ)

●境涯革命の証

 皆が仲よく団結しているということは、それ自体が、各人の境涯革命、人間革命の証なんです。(「光城」の章、273ページ)

●誰にも負けない力

 人材には、力がなくてはならない。心根は、清く、美しくとも、力がないというのでは、民衆の幸福、平和を築くことはできない。だから、何か一つでよい。これだけは誰にも負けないというものをもつことが必要です。(「楽土」の章、349ページ)

【題字のイラスト】間瀬健治

11・18「創価学会創立の日」記念 世界広布新時代 第44回本部幹部会 SGI総会から(要旨)

11・18「創価学会創立の日」記念 世界広布新時代 第44回本部幹部会 SGI総会から(要旨)

  原田稔会長

  一、完全勝利で「11・18」を祝賀する「世界広布新時代第44回本部幹部会」「SGI総会」の開催、誠におめでとうございます(拍手)。
 秋季研修会で来日した、65カ国・地域、280人のSGIメンバーの皆さんも、ようこそお越しくださいました。
 一、初めに、このほど会長として再任していただきました。2006年、会長の大任を拝した折に、池田先生はご指導くださいました。
 「全員が『会長』の自覚と誇りで進む。全員が、『広宣流布の一兵卒』として働く。これが永遠の創価の魂である。その意味から、原田新会長には、『誠実の二字で会員に尽くせ』と申し上げたい」と。
 私は、今再び先生から、このご指導を頂戴した思いで、どこまでも「広宣流布の一兵卒」として戦い、そして「誠実の二字」で、同志の皆さまに尽くし抜いていく所存です。何とぞ、よろしくお願い致します(拍手)。
 一、今月末から財務の振り込みが始まります。
 池田先生は、釈迦仏に土の餅を供養して成仏した徳勝童子の説話を通して、「広布のための行動は、結局はすべて、自分自身のためになる。その根本は『信心』である。『心』である。御聖訓には、『凡夫は志ざしと申す文字を心へて仏になり候なり』(御書1596ページ)と仰せだ。法のため、広布のため――この一点に、真摯に、わが心を結び合わせていくことが大切である」と、ご指導くださっています。
 どうか、“法のため、広布のために”との一点に心を合わせた、すがすがしい、また、無事故の財務となりますよう、よろしくお願い申し上げます。
 一、さて、このたび待望の世界聖教会館がオープンし、本日集われているSGIの皆さんも参加しての記念勤行会が開催されました。この歴史的な時を、皆さまのおかげで未曽有の聖教新聞の購読拡大を果たし、荘厳することができました。本当にありがとうございました(拍手)。
 こうしてまいた仏の種に、絶えず“対話”という水をささげ、“祈り”という光を注ぎ、育んでいく、これからの実践が肝心です。


来日したSGIの友

 
第3代会長就任60周年の明年へ

  一、明「前進・人材の年」の「5・3」は、池田先生の第3代会長就任60周年という佳節を刻みます。
 次なる目標は「2020年5月3日」。折伏の師匠・池田先生の弟子として、折伏の結果をもって、会長就任60周年をお祝いしてまいりたい。
 ここで改めて、折伏の基本姿勢を確認し合いたいと思います。
 戸田先生のご指導には、こうあります。「銀行の方々は、金銭の数字を数えている。出版社の方々は、本の部数を常に念頭に置いている。私ども創価学会は、地球上で最も尊厳な生命を守り、どれだけ人に妙法を受持せしめ、幸せにしたかということを数えるのである」との有名なご指導であります。
 「何人の人を幸せにしたか」――これが広布推進の目的です。そして、単に入会するだけではなく、どう入会するかが大切です。
 ご本人の心底からの納得と決意、ご家族などのご理解、また、座談会への参加や聖教新聞の継続的な購読など、しっかりと信心を持続し、幸福への軌道を歩んでいけるよう、環境を整え、入会に導いてまいりたいと思います。
 一、また、池田先生はご指導くださっています。「信仰は、“観念”ではない。“現実”である。『信心即生活』『仏法即社会』という現実の場で、勝ったのか、負けたのか。幸福になったのか、不幸になったのか――。その厳しき結果主義の世界、現実の審判の世界で、勝ち抜いていくのが信心である」と。
 だからこそ学会は、いわゆる「成果主義」ではなく、「結果主義」であります。
 入会という成果をもって折伏が完結するのではなく、幸福と勝利という結果を出すまでが折伏です。つまりは「人材育成」であります

 

 信頼される一人一人に

  一、現在、学会の統監は、居住地の「ブロック」に置くことが根本の大原則となっています。池田先生が、折伏のつながりに基づいたタテ線から、居住地に基づいたヨコ線、すなわちブロック組織への転換を発表されたのは、会長就任10周年の「5・3」でした。
 この時に先生は、新たなモットーに「社会に信頼され、親しまれる学会」を掲げられました。そして発表されたのが、ヨコ線組織への移行でありました。
 当時の真情を、先生は小説『新・人間革命』で、こうつづられています。
 「学会員が中心になって、地域社会に、人間と人間の、強い連帯のネットワークをつくり上げなければならないと考えていた。それが、現代の社会が抱える、人間の孤立化という問題を乗り越え、社会が人間の温もりを取り戻す要諦であるというのが、伸一の確信であったのである。彼は、ブロック組織への移行に、学会と社会の未来をかけていたのだ」
 以来、半世紀を経て、この「学会と社会の未来」は、どうなったでありましょうか。
 例えば、社会起業家駒崎弘樹氏は、学会に、このような期待を寄せています。
 「行政による対策は重要なことですが、その一方で『助けて』と言えずに孤立して苦しんでいる人にも目を向ける必要があります。そのようなアウトリーチ(訪問支援)ができる力として期待できるのが、国家でも個人でもない中間団体の存在です」
 「全国各地で地域に根差したコミュニティーを持つ創価学会は日本最大の中間団体といえるでしょう。苦しむ人に積極的に寄り添う“おせっかい力”が、今ほど求められている時はないと思います」と。
 まさに池田先生が50年前、今いる足もとの地域、いわば“ご近所”を第一に考えられた先見が、ますます光り輝き、社会を照らす時代を迎えているのであります。
 「社会に信頼され、親しまれる学会」は、「地域に信頼され、親しまれる一人の学会員」から始まります。
 まず、私たち一人一人が、そうした人材の一人へと成長してまいりたい。そしてまた、現実の世界で勝ち抜いていく、新たな人材の陣列を拡大してまいりたい。
 さあ、本日より、先生の会長就任60周年となる「5・3」を目指し、人間革命と立正安国の新たな前進を、ともどもに開始しようではありませんか(拍手)。

 

 

〈「教学部教授登用講座」のために〉第2回 観心本尊抄 2019年11月23日

〈「教学部教授登用講座」のために〉第2回 観心本尊抄 2019年11月23日

 「教学部教授登用講座」(全3回)の第2回中継行事が、30日(土)、12月1日(日)に、全国各地の会館・会場で開催されます(日時・会場の詳細は各県・区ごとに決定)。ここでは、中継行事の中で学ぶ御書の御文と通解、池田先生の指導を掲載しました(学習の便宜を図るため、講座の中で取り上げる順に合わせて、御文の冒頭に番号を振ってあります)。受講者は、御書と教材(本紙面)、受講カードを持参し、中継行事に参加してください。

観心本尊抄」について

 「観心本尊抄」は、文永10年(1273年)4月25日、日蓮大聖人が52歳の時、流罪地の佐渡・一谷で御述作になり、下総国(現在の千葉県北部などの地域)の門下・富木常忍に送られた重書です。
 大聖人は、文永8年(1271年)9月12日の竜の口の法難の後、約2年半の間、佐渡流罪されました。
 本抄では、まず、本門の本尊を信受し、南無妙法蓮華経の唱題に励むことが、末法における成仏の修行であるという「受持即観心」の法門が明かされます。
 続いて、末法衆生が成仏のために信受すべき本尊について述べられ、その本尊は本門の肝心である南無妙法蓮華経であり、地涌の菩薩によって弘められることが明かされます。
 最後に、成仏の根本法である一念三千を知らない末法衆生に対して、仏(久遠の釈尊)が大慈悲を起こし、一念三千の珠を包んだ妙法五字を授与されることを述べて、本抄を結ばれます。

御文1

 釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う、四大声聞の領解に云く「無上宝聚・不求自得」云云、我等が己心の声聞界なり、「我が如く等くして異なる事無し我が昔の所願の如き今は已に満足しぬ一切衆生を化して皆仏道に入らしむ」、妙覚の釈尊は我等が血肉なり因果の功徳は骨髄に非ずや(御書246ページ15行目~18行目、編年体御書536ページ8行目~11行目)

通解1

 釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足している。私たちは、この妙法蓮華経の五字を受持すれば、おのずと釈尊の因果の功徳を譲り与えられるのである。
 信解品で、須菩提迦旃延・迦葉・目犍連の四大声聞が説法を聞いて理解して「この上ない宝の集まりを、求めずしておのずから得ることができた」と言っている。これは、私たちの己心の声聞界である。
 方便品には「衆生を私(釈尊)のように等しくして異なることがないようにしたいと、私がその昔、願ったことが、今はすでに満足した。一切衆生教化して、皆、仏道に入らせることができた」と述べられている。妙覚の位の釈尊は、私たちの血肉である。この仏の因果の功徳は、私たちの骨髄ではないだろうか。

池田先生の指導から1

 「受持即観心」という日蓮仏法の極意を明かされた御文です。
 妙法蓮華経は、釈尊が久遠より積み重ねた成仏の原因である修行(因行)と、その結果として成就した福徳(果徳)を、全て具足する大法です。
 それは、釈尊自身が妙法蓮華経によって仏になり、また、妙法蓮華経に基づいた法華経を説いているからです。釈尊のみならず一切の諸仏もそうです。妙法五字には、一切諸仏の仏因と仏果が具わっている。
 続けて大聖人は、「我等此の五字を受持すれば」と仰せです。「我等」とは大聖人と門下であり、直結する末弟の私たちです。さらに、一切衆生、全民衆を包含するお言葉です。
 そして、「自然に」――道理として「必ず」です。「誰でも」ということです。どんな人でも、必ず仏の境涯を開いていけるのです。
 この妙法五字を受持して、自行化他の題目を唱え、実践していくならば、成仏の原因も結果も、そっくりそのまま、私たちに譲り与えられます。末法の凡夫が成仏する修行の原理を確立し、明かしてくださったのです。
 発迹顕本された大聖人が、顕された御本尊は、この妙法五字の曼荼羅です。
 戸田先生は、「文底よりこれを読めば『己心を観ずる』というのは御本尊を信ずることであり、『十法界を見る』というのは妙法を唱えることである」と拝しています。(中略)
 深く信心を発して、妙法を唱える時、私たちが拝する御本尊の明鏡に照らされ、わが胸中の御本尊が涌現します。己心の仏界を見るのです。受持即観心の御本尊なればこそ、いかなる苦難も必ず乗り越えていける、いかなる苦悩も必ず解決していける、その偉大な力があるのです。(『人間革命の宗教』所収「民衆仏法㊤」)

御文2

 是くの如き高貴の大菩薩・三仏に約束して之を受持す末法の初に出で給わざる可きか、当に知るべし此の四菩薩折伏を現ずる時は賢王と成って愚王を誡責し摂受を行ずる時は僧と成って正法を弘持す。
 問うて曰く仏の記文は云何答えて曰く「後の五百歳閻浮提に於て広宣流布せん」と、天台大師記して云く「後の五百歳遠く妙道に沾おわん」(中略)
 此の釈に闘諍の時と云云、今の自界叛逆・西海侵逼の二難を指すなり、此の時地涌千界出現して本門の釈尊を脇士と為す一閻浮提第一の本尊此の国に立つ可し(御書254ページ1行目~9行目、編年体御書544ページ5行目~15行目)

通解2

 このような高貴な大菩薩が、釈迦仏、多宝仏、十方の分身諸仏という三仏に対して末法弘通を約束して、妙法蓮華経の五字を受持したのである。どうして末法の初めに出現されないことがあるだろうか。
 まさに知るべきである。この地涌の菩薩の指導者である四菩薩は、折伏を現ずる時は賢王となって愚王を責め誡め、摂受を行ずる時は僧と成って正法を持ち広めるのである。
 問うて言う。仏は未来についてどのように述べられているか。
 答えて言う。法華経薬王品には「後の五百年に(この法華経を)閻浮提(全世界)において広宣流布するだろう」と説かれている。
 この文について天台大師は『法華文句』に「後の五百年に、妙法が流布し、長遠に一切衆生がその功徳に潤うだろう」と記し、妙楽大師は『法華文句記』に「末法の初めにも、冥益がないわけではない」と記している。(中略)
 (続く)伝教大師の(『法華秀句』の)釈に(末法の様子を)「闘諍の時(争いの絶えない時)」とあるのは、今起きている自界叛逆難・西海侵逼難の二難を指すのである。この(闘諍の)時に、地涌千界の菩薩が出現して、本門の釈尊を脇士とする一閻浮提第一の本尊を、この国に立てるのである。

池田先生の指導から2

 「観心本尊抄」では、地涌の菩薩が出現する「時」――それは、“末法の初め”であると仰せです。三毒強盛の五濁悪世であり、闘諍言訟の乱世です。
 思想・宗教においては“我賢し”と我見が横行し、小が大を破るなどの転倒が続き、根本として尊敬すべき本尊が雑乱する。ゆえに、あるべき人間と社会の価値観が見失われ、精神の土台が崩れていく。この一番混迷した時代に、地涌の菩薩が現れ、いまだ真実に無知である末代幼稚の衆生に、「妙法蓮華経の五字」の大良薬を与えられるのです。
 そして、御文の後段において、この地涌の菩薩の現実の振る舞いを「賢王」と「僧」の対比から明かされています。
 とりわけ、地涌の菩薩が末法において「折伏を現ずる」時には、「賢王」すなわち「在家」の賢明なる指導者となって、荒れ狂う社会に出現すると仰せです。
 「愚王を誡責」するとは、民衆を不幸にする権力者の誤りを正していくことです。今日でいえば、「賢王」とは、民衆の中で、人間を苦しめる根源悪と戦う賢者の一人一人です。
 どこまでも謗法充満の悪世の中で仏法を弘通する、末代にわたっての大折伏行がいかに偉大な聖業であるかを教えられている、まことに甚深の御聖訓です。
 末法広宣流布とは、現実社会に生きる目覚めた民衆自身が、民衆の海の中で、目の前の一人の民衆の生命変革に挑んでいく以外にないとの大宣言であると拝されます。
 いずれにせよ、「自他共の幸福」を築くための行動がなければ、地涌の菩薩ではありません。人間の苦悩と諸問題を解決し、その社会的使命を果たしてこそ、真の菩薩です。
 現実の社会にあって、日常の人間生活にあって、仏法の生命尊厳の思想を浸透させていく「賢王」という人間主義の振る舞いは、具体的には、文化・教育・平和の次元に現れます。「文化の大地」を耕し、「教育の大光」を広げ、「平和の大道」を開いていくのです。絢爛たる人間革命の文化が創出されます。その中で人類の調和と共生の花を爛漫と咲かせていくのです。(『人間革命の宗教』所収「民衆仏法㊦」)