〈信仰体験 スマイル 自分らしく〉 私の悩み・・・ 全身の皮膚病 未来の家族のカタチ 2018年8月14日

〈信仰体験 スマイル 自分らしく〉 私の悩み・・・ 全身の皮膚病 未来の家族のカタチ 2018年8月14日

希望を捨てない強さを
皮膚病を患って、16年がたった。今では、病気をしていたことが信じられないほど、肌がきれいになった。14人の友人が、私の体験や確信に触れ、学会に入会した。一人でも多くの人に、信心で得た「希望の光」を届けたい。それが、夫と共に歩む、私の報恩の人生なんだ

 今、家族の多様化が進んでいる。この50年で核家族世帯は2倍増にとどまったが、単独世帯は10倍に拡大した。晩婚化や生涯未婚率の上昇……社会の変化の中で、より重要になるのは、自分らしい選択肢を取る強い生き方と、互いを理解・尊重し合う心であろう。千葉県流山市の本村優美子さん(43)=駒木支部、地区婦人部長=は、母・秋山南美子さん(68)=愛知県東海市支部副婦人部長=譲りの負けない信心で、全身の皮膚病を乗り越えて、2016年(平成28年)7月に結婚。今、夫・建輔さん(37)=男子地区副リーダー=と共に、未来の家族のカタチを思い描いている。

天井裏からひょっこり

 私の父は、心の優しい人だった。でも、全然働かないし、家族との約束も忘れちゃう。借金取りから逃げて、よく行方知れずになる。家の天井裏から「よっ!」と、ひょっこり顔を出してきたこともあった。
 母は苦労を重ねた。看護師として働き、父の借金を返した。何度も、おえつしながら祈っていた母の背中が忘れられない。
 小学4年の時、両親は離婚した。熊本の田舎町。6畳一間のトタン小屋で、母・弟と暮らした。
 母が夜勤の日、団らんは、夕方のわずかな時間だけ。少しでも役に立ちたくて、夕飯の支度を手伝った。母に「助かったよ」って言ってもらえることが、何よりうれしかった。
 母のいない夜は不安で、なかなか寝付けない。小さなお布団で、弟と体を寄せ合った。カセットテープから流れる「西遊記」の物語が、寂しさを少しだけ埋めてくれた。

「怪物」を見るような目

 短大を卒業して、建設会社に就職した。苦労にも笑顔を絶やさない母のようになりたくて、仕事も学会活動も頑張ってきた。
 でも、02年8月、27歳の時に入院した。「急性苔癬状痘瘡状粃糠疹」。全身の皮膚が壊死していく原因不明の病だった。医師は「全国でも非常にまれな症例です。治ってもこうなります」と、やけど痕のような皮膚が体中に広がっている写真を見せてくれた。全身の力が抜けた。結婚はできないかもしれない。それどころか、外に出られるのか……。
 入院してから、顔から足の爪先までの皮膚が化膿し、かさぶたになって肉ごと剝がれていった。体は真っ黒になった。お見舞いに来てくれた人の顔がこわばっている。廊下を歩けば、まるで“怪物”を見るような視線が突き刺さる。弟は「お姉ちゃんがジロジロ見られて、おれ悔しいよ」って。どんな励ましも私の耳には届かなかった。ただただ泣いた。御本尊様も見られなかった。
 そんなある日、母に言われたことがある。「池田先生だったら、どうされるかを考えてみなさい」
 ハッとした。“先生なら、きっと希望を捨てない……”
 心配してくれる学会の先輩や女子部の仲間のことを思い出した。すぐに感謝を伝えたい。はがきをたくさん買って、ペンを握った。
 〈必ず治して、会いに行きます〉。気付いたら、そう書いてた。
 その夜、背中に薬を塗ってくれていた看護師さんに聞かれた。「失礼なことを聞きますが、どうして笑顔でいられるんですか?」って。
 自分でも気付いてなかったけど、私、笑えてたんだ……。病気になんか負けない。胸を張って答えた。
 「私、創価学会なんです」

諦めかけた結婚 お母さんの涙

 病院のベッドの上。夢中で池田先生の本を読んだ。『法華経 方便品・寿量品講義』に「強い人は、障害さえも生かす」とあった。
 そうだ。強ければ、どんな状況からでも活路を開ける。皮膚が元通りになってもならなくても、私には「生きる喜び」を届けたい人がいる。気付くと、同志に送ったはがきは、500枚を超えていた。入院から2カ月後、背中に薬を塗ってくれた看護師さんが学会に入会した。
 不思議にも、その日から、私の病気の進行が止まった。治療が進み、皮膚がよみがえっていった。
 医師は驚いていた。「今後、患者さんの希望になるので、写真を撮らせてほしい」と言ってくれた。
 その後も、適応障がいを患うなど病との闘いは続いた。年齢も40歳を過ぎ、結婚も諦めかけていた。


 でも、一昨年の7月、縁あって、結婚することができた。夫は、祈った通りの人。私の過去や病気、思いの全てを受け止めてくれた。
 母に報告したら、私の手を握ったまま体を震わせて泣いてた。絞り出すような声で「良かったね。おめでとう」と祝福してくれた。
 だけど、私には心配事があった。
 年齢や体調のことを考えると、子どもを授かることは、できないかもしれない。そんな私の心を軽くしてくれたのは、夫だった。「僕は優美ちゃんと一緒にいられれば、それだけで十分、幸せだよ」って。お義母さんも日頃から、「夫婦二人、ずっと仲良くいてくれることが、私の幸せよ」と言ってくださる。
 尽きることのない感謝の思い。これから精いっぱい、夫婦で親孝行していきたい。9年前に亡くなったお義父さんの分まで、お義母さんを愛し、大切にしていこう。 

 

自分の欠点は「欠かせない点」

 結婚して2年がたった。夫は、システムエンジニア。毎日帰るのは、だいたい終電。その中でも、座談会の企画に携わったり、牙城会の任務に就いたりと頑張っている。
 夫はこの2年で、職場で2階級昇進して、6月には社内の代表でアメリカ研修に派遣された。夫が評価されると、自分が褒められているようで、うれしくなる。
 私は地域で、読み聞かせグループのボランティアを立ち上げた。ヤング・ミセスのママや近所の友人を招いて、月1回、開催してる。先日は14組の親子が参加してくれた。
 絵本を読む時、思い出す場面がある。幼い頃、お布団の中で聞いた「西遊記」。物語を聞くことで、どれだけの安心感を得られるか。
 私は育児をしたことがないから、若いお母さんの悩みに答えることは難しいかもしれない。でも、子どもの時の経験を思い出して、寄り添うことはできる。
 苦労の多い自分を、欠点だらけの人間だと思っていた。でも、今は、その欠点を、自分らしくあるための「欠かせない点」だと思える。
 夫と私。これから、子どもを授かるかもしれないし、二人っきりで生きていくかもしれない。どんな道を進むにしても不安はない。私たちには信心がある。そして、池田先生という人生の師匠がいる。
 いくつもの岐路に立たされることもあるだろう。その時は、夫と祈って進む道を決める。その先に、私らしい笑顔が輝くと信じて――。

〈読書〉 猫はしっぽでしゃべる 2018年8月11日

〈読書〉 猫はしっぽでしゃべる 2018年8月11日

田尻久子著
4匹いる猫のうち一番大きなコテツはちゃぶ台に寝転がる
熊本の一書店にある時空

 街の常連さんは“今日のお薦めはなんですか?”と、なじみの八百屋で野菜を買うように、本を買っていく。そして、会計を済ませても、後ろ髪を引かれるように書棚を振り返る、遠方からの客もあるという。
 熊本に縁の深い詩人の伊藤比呂美氏の「つなげてきてくれた。/人と人を、人と本を。/そこに入れば、久子さんとお店が、/わたしたちの背中をおしてくれる」との言葉に呼応するように――「旅先でふと出会う人や風景のように本と出会える本屋でありたい」と、橙書店と喫茶店オレンジを切り盛りする著者はいう。
 2年前の「大きな地震」(熊本地震)で、店も移転を余儀なくされた。しかし、地域に根差した小さな「文芸ネットワーク」は、誰もが出入り自由な開かれた空間として、ずっと存在し続ける。本を読む。人に会い、言葉を交わす、そんな大切な交流の場所なのだ。
 今朝も猫たちがしっぽをパタパタさせて何かを言っているようだ。その柔らかな眼差しのまま店主は店の扉を開ける。本を片手に、客同士、近況を語り合ったり、コーヒーを飲んだり……ここには本と人にまつわる豊かで幸せな時間が流れている。大切な本と、猫と、記憶の断片を巡る、著者初めてのエッセー集。(和)
 ●ナナロク社・1512円

〈文化〉 常に進化し続けるものまね芸 ものまねタレント・コロッケさんに聞く 2018年8月10日

〈文化〉 常に進化し続けるものまね芸 ものまねタレント・コロッケさんに聞く 2018年8月10日

会話を生むエンタメに
似せるのではなく笑わせる

 美川憲一岩崎宏美五木ひろし河村隆一平井堅……。ものまね芸人として不動の人気を誇るコロッケさんのレパートリーだ。今夏、大阪・新歌舞伎座で特別公演を開催する。公演を前に、舞台のこと、ものまね芸の秘訣などについてコロッケさんに聞いた。

 大阪の新歌舞伎座さんでは、これまで何回も舞台をやらせていただいていますが、見に来た方に「やっぱりコロッケはおもろいな」と思っていただける舞台にしたいですね。
 企画はたくさんあるんです。でも、コロッケの演出ですから、何が起きるのか分かりません。皆さんの想像を超えるような内容にしたいと思っています。舞台を見た帰りに、皆さんの会話が弾むことが一番です。
 想像を超える――それは、舞台にしても、ひとつのものまねにしても同じ事。
 美川憲一さんや、岩崎宏美さん、野口五郎さん、五木ひろしさんなど、定番のものまねがあります。皆さんも期待しているから、もちろんやるんですが、いつも同じでは面白くない。
 同じように出て行って、「ほらきたでーっ」と思わせて、すかしたときの「えーっ‼」が面白い。そうやって、ふざけている自分自身が一番楽しんでいるんじゃないでしょうか。
 特に僕のものまねの場合、「似せるものまね」ではなく「笑わせるものまね」。似ているだけでなく、そこに少しのいたずら心が入ると、面白くなるんです。
 この間、テレビのものまねグランプリで「おならの勢いで歌えなくなる武田鉄矢さん」というネタをやったんです。同じように、おならの勢いでいなくなる美川さんとか、おならの勢いで壁にぶつかる五木さんとか。
 今はシチュエーションを楽しむ時代。「こんな人いるよね」「あーっ、いるいる」って。
 昔だったら、武田さんが歌えなくなるとか、美川さんがいなくなる、というように、主語を最初に持ってきていた。それが今は、「おならの勢いで○○」と。このシチュエーション自体が面白いと思いませんか。
 こうすると、武田さんや、美川さんを知らない世代にも、楽しんでもらえる。だって、知り合いがおならをしながら消えたら面白いでしょ
 実は、このネタを見た子どもが、「ぷっぷっぷっ」と言いながらトイレに消えていったそうです。やったなと思いました。
 年を取ると変化が怖くなるもの。格好つけてしまうんです。なかなか分からないと言えないし、「何それ?」と聞くことも困難です。
 でも、時代を見なければ面白いものは生み出せません明石家さんまさんがそうですよね。どんな話題にも食いついてくるし、分からないことがあるとすぐ「何それ、はやってんの? 教えて教えて」と聞き出そうとする。僕も同じで、いろんなことが気になってしまうんです。

 最近、ロボットの動きが違ってきているのを知っていますか?
 以前は、ウイーン、ウイーンと、ギクシャクしながら動いていた。でも最近は、ウイーン、フン、フン、と止まるときに揺らぎが入るんです。この揺らぎは、CGの動きで、ロボットを人間っぽく見せるためのもの。今の中高生にとって、昔の動きだと、古くさく感じてしまうのです。
 「三代目J Soul Brothers(ジェイ・ソウル・ブラザーズ)」のまねでやるランニングマン。あの有名なダンスをしながら「虫を見つけた」「あっちだ、あっちだ」と。
 すると、踊りを知らない、おじいちゃん、おばあちゃんは、「えっ、虫なの」と思う。それで、三代目をテレビで見たとき、孫に「あれは虫を見つけているんでしょ」と。「違う違う、あれは踊りなの」「だってコロッケが言っていたもの」「でも、確かに虫取りのようにも見えるよね」……。
 僕のものまねから、こんな会話が生まれるとうれしい。エンターテインメントというのは、そんな楽しい会話を生み出す道具だと思うんです。

 コロッケ 1960年、熊本県生まれ。日本を代表するものまね芸人。「お笑いスター誕生」でメジャーデビュー。五木ひろしを元にしたロボコップや歌の早送りなど、そのレパートリーは進化し続けている。

インフォメーション

 「コロッケ特別公演」は8月25日(土)~9月9日(日)に大阪・新歌舞伎座で開催。第1部「爆笑人情時代劇!水戸黄門VS和牛十兵衛」、第2部「コロッケオンステージ 夏の紅白ものまね歌合戦」。
 〈問い合わせ・チケット〉新歌舞伎座テレホン予約センター 電話06(7730)2222(午前10時~午後6時)

〈池田大作先生 四季の励まし〉 平和は「和楽の家庭」から 2018年8月12日

池田大作先生 四季の励まし〉 平和は「和楽の家庭」から 2018年8月12日

 
 

 家に帰れば、安心できる。
 何があっても
 家族で励まし合い、
 守り合っていける。
 そうした和楽の家庭を
 つくっていくことが、
 社会の最も大切な基盤であり、
 平和の原点となる。

 家庭こそ、
 一切の営みの基盤である。
 どれだけ民主主義を論じ、
 平和や教育を論じても、
 その議論が、人間の幸福とか、
 家庭の繁栄に
 結びついていかなければ、
 結局は、
 空理空論になってしまう。

 創価学会は、
 一人一人の「人間革命」、
 一軒一軒の「家庭革命」という
 現実に光を当ててきた。
 これほど地道な、
 忍耐強い戦いはない。
 しかし、だからこそ、
 確固として揺るがないのだ。

 親子の関係というのは、
 ずっと続く。
 いつまでたっても、
 親は親、子は子である。
 たとえ亡くなっても、
 生命はつながっている。
 ゆえに、親孝行とは、
 一生涯の目標といってよい。
 じっくり焦らずに、
 自分自身を磨いていくことだ。

 戦争を起こすのは人間である。
 だから、その人間の生命を変え、
 人間の心のなかに
 平和の砦を築かなければならない。
 それが人間革命であり、
 その源泉が題目である。
 この人間革命の思想と実践の道を
 世界に伝えていくことこそ、
 人類の平和を建設する根本なのだ。

 緑に包まれた静かな湖。水鳥たちが仲良く寄り添い、ゆっくりと泳いでいた。1994年(平成6年)6月、池田大作先生がイギリスのグラスゴー近郊にあるローモンド湖で撮影した。
 池田先生と対談集を編んだ、平和学者のエリース・ボールディング博士は語った。「平和の土台は、“家庭”の中にあり“地域社会”の中にある。また、これこそが極めて重要な平和の出発点である」と。
 間もなく8月15日の「終戦の日」を迎える。平和は、決して遠くに求めるものではない。家族や親類、近隣など、目の前の「一人」を大切にすることから始まる。多くの人々と親交を深め、有意義な夏にしよう。

〈教学〉 8月度座談会拝読御書 松野殿後家尼御前御返事 2018年8月7日

〈教学〉 8月度座談会拝読御書 松野殿後家尼御前御返事 2018年8月7日

御書全集 1393ページ12行目~14行目
編年体御書 1178ページ18行目~1179ページ2行目
一人一人が使命ある尊い存在
弟子の真心を何よりも大事にされた大聖人
 
本抄について

 本抄は、弘安2年(1279年)3月26日、日蓮大聖人が身延から駿河国静岡県)の門下である松野殿の夫人に送られたお手紙です。
 題号に「後家尼御前」とあるように、この女性門下は、夫に先立たれた方です。本抄を頂いた人が、南条時光の母方の祖父に当たる松野六郎左衛門入道の夫人なのか、あるいは、その入道より先に亡くなった子息の夫人なのか、はっきりと分かっていません。
 当時は天災が続き、人々は飢饉や疫病に苦しんでいました。大聖人は、前年(弘安元年=1278年)閏10月のお手紙で、「去年から今年にかけて大疫病がこの国に流行して、人の死ぬことは大風で木が倒れ、大雪で草が折られるようなもので、一人も生き残れるとは思えなかった。(中略)8月、9月の大雨や大風で、日本国全体が不作となり、残った万民は冬を過ごし難い」(御書1552ページ、通解)と、その惨状をつづられています。
 身延での大聖人の御生活も困窮を極め、本抄からも「衣は身を隠すに足りず、食は命を支えるほどもない」(同1393ページ、通解)と逼迫した様子がうかがえます。こうした中にある大聖人に真心からの御供養をした尼御前に対し、返礼として認められたのが本抄です。

拝読御文

 未だ見参にも入らず候人のかやうに度度・御をとづれの・はんべるは・いかなる事にや・あやしくこそ候へ、法華経の第四の巻には釈迦仏・凡夫の身にいりかはらせ給いて法華経の行者をば供養すべきよしを説かれて候、釈迦仏の御身に入らせ給い候か又過去の善根のもよをしか

心こそ大切に候へ

 本抄の内容から、松野殿後家尼御前はこれまで一度も日蓮大聖人とお会いしていないにもかかわらず、大聖人に御供養の品を度々、お届けしてきたことが分かります。大聖人が門下のそうした尊い真心を何よりも大切にされたエピソードは枚挙に暇がありません。
 大聖人が佐渡流罪中に出会った門下に、阿仏房・千日尼の夫妻がいました。阿仏房は、大聖人の身延入山後、千日尼から託された御供養の品々を持って、何度も師匠を訪ねています。
 例えば、弘安元年(1278年)閏10月、大聖人は御供養への返礼として千日尼に送られたお手紙の中で、次のように仰せです。
 「御身は佐渡の国にをはせども心は此の国に来れり」(御書1316ページ)。“あなた(千日尼)の身は佐渡にあっても、心は私(大聖人)のところに来ていますよ”との趣旨です。
 さらに大聖人は、「御面を見てはなにかせん心こそ大切に候へ」(お会いしたからといってどうなりましょう。心こそ大切です=同ページ、通解)と、大きな慈愛で千日尼を包み込まれました。
 千日尼の真心は、毎年のように夫を大聖人のもとへ送り出すという行動として表れました。そこには、変わることなく師匠を求めていく心がありました。
 門下一人一人の心を深くご覧になり、真心に真心で応えられたのが、生涯を通して変わることのない大聖人のお振る舞いだったのです。
 弟子の立場から見れば、師匠を支え、求める姿勢を貫いていくことが、求道の心の表れであり、そこに仏法の根幹ともいうべき師弟の精神があるといえるでしょう。

諸仏の“入其身”

 拝読御文に「釈迦仏の御身に入らせ給い候か」とあります。これは、「善」の「入其身」であり、松野殿後家尼御前の供養が日蓮大聖人を支える善の働きをしていることを指しています。
 法華経勧持品第13には「悪」の「入其身」である「悪鬼入其身」が説かれています。「悪鬼は其の身に入って」と読みますが、これは「悪鬼」が、さまざまな衆生の身に入り、正法を護持する者をそしり、辱め、仏道の実践を妨害することをいいます。
 「悪鬼」とは、誤った宗教・思想に当たり、また人の苦悩の因となって、精神を乱す源のことです。
 大聖人は例えば、第六天の魔王が法華経の行者を迫害しようとして、智者や権力者の身に入ると述べられています。
 この反対の「善」の「入其身」について、大聖人は、「釈迦・多宝・十方の仏・来集して我が身に入りかはり我を助け給へと観念せさせ給うべし」(御書1451ページ)とも指南されています。
 「釈迦仏・多宝仏・十方の仏たちよ! 集い来って、わが身に入りかわり、私を助け給え」と祈っていくよう、門下に教えられた言葉です。
 「釈迦・多宝・十方の仏」、すなわち諸仏が「入其身」すれば、仏の所従(=家来)である諸菩薩・諸天等が従い、法華経の行者を守護することは間違いありません。
 強盛な信心は、一切を善の働きへと変えていきます。信心を奮い起こして広布に前進する中で、仏をはじめ菩薩・諸天善神など、あらゆる善の働きを呼び起こしていくことができるのです。

師弟の宿縁

 仏法の説く“三世の生命観”に照らせば、日蓮大聖人の門下一人一人が大聖人との師弟の絆を結んだのは、過去世からの宿縁によるものにほかなりません。
 拝読御文に「過去に積まれた善根があらわれてのことでしょうか」(通解)とあります。「善根」とは、過去世から生命に積んできた、功徳の因となる善の行為を意味します。
 私たちが正法に巡り合うことができたのも、決して偶然によるものではありません。過去世から仏法との縁(宿縁)があり、生命に刻まれてきた善根があるからです。
 例えば大聖人は、佐渡の地で門下となった最蓮房に対して、「過去の宿縁追い来って今度日蓮が弟子と成り給うか」(御書1338ページ)と仰せになり、法華経化城喩品第7の「在在諸仏土 常与師俱生(在在の諸仏の土に 常に師と俱に生ず)」(法華経317ページ)の文を引いて、師弟について教えられています。
 この経文は、師と弟子が常に同じ仏国土に生まれ、共に仏法を行じていくことを説いたものです。
 また、安房の門下には、「かかる者(=大聖人)の弟子檀那とならん人人は宿縁ふかしと思うて日蓮と同じく法華経を弘むべきなり」(御書903ページ)と仰せです。
 希有の仏法と師匠に出合うことのできた喜びを胸に、自らの尊い広布の使命を果たしていきましょう。

池田先生の指針から 師匠を支えた、けなげな女性門下

 後家尼御前は、まだ大聖人に直接お会いしたことがないこと。しかし、幾度も御供養を重ね、大聖人をお護りした健気な女性門下であったことが推察されます。
 当時の時代背景を確認すれば、大雨・大風・大雪などの天災が続き、深刻な飢饉や疫病の大流行で多くの人が亡くなり、不安な世情です。また、蒙古の再襲来が予想され、混迷の度がますます深まっています。加えて、大聖人一門にとっては、駿河国では熱原の法難が始まっており、緊迫した状況が続いています。
 そうしたなかで、仏法をひたむきに求める一人の女性に、大聖人は、「法」と「人」の両面から、大確信を与えられます。
 まず「法」の次元では、南無妙法蓮華経こそが万人成仏の根源の法であること。そして「人」の次元では、あらゆる迫害を乗り越え妙法弘通を貫かれてきた大聖人こそが法華経の行者であることを教えられます。そして、この女性門下が今、信心をしていることは、決して偶然でなく、深い使命をもって生まれてきたことを示されています。
 いわば、大聖人御自身の「戦いの歴史」と「御確信」、そして門下の「使命」を教えられている御書です。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第19巻)
 ◇ ◆ ◇ 
 まず大聖人は、衣服も不足がちで食にも困窮している現状を紹介して、いかに、門下の御供養が大聖人を支えているか、深く感謝されています。
 しかも、たびたび御供養をしている尼御前は、一度も大聖人と直接お会いしたことのない門下です。
 尼御前に限らず、今日、御書に残っていない、そうした門下も数多くいたことと思います。不惜の信仰を貫き通した熱原の三烈士もそうでしょう。信心は距離ではありません。大切なのは「心」です。
 大聖人は、尼御前の誠実な心を深く御覧になったのです。法華経法師品第十に触れて、“まことに不思議なことです。釈迦仏があなたの身に入られたのか。あるいは過去世の善根があらわれてのことでしょうか”と仰せです。牧口先生も、御書の中でこの一節に強く線を引かれています。(同)

参考文献

 〇…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第19巻(聖教新聞社

〈座談会 師弟誓願の大行進〉53 一人一人に「私にしかない人間関係」が 仏縁を大きく広げる夏に! 2018年8月9日

〈座談会 師弟誓願の大行進〉53 一人一人に「私にしかない人間関係」が 仏縁を大きく広げる夏に! 2018年8月9日

日韓の青年部が広布後継を誓う
〈出席者〉
原田会長
長谷川理事長
永石婦人部長
竹岡青年部長
伊藤女子部長
共に手を携え、世界広布新時代を切り開いていきます!――「日韓青年友好大会」では、両国の若人が永遠の共戦を固く誓い合った(3日、東京・新宿区で)

 伊藤 韓国から青年部200人が来日し、研修会が行われました。一人一人の求道心と歓喜に満ちた姿が深く心に残っています。

 竹岡 メンバーは、唱題や、小説『新・人間革命』の研さん、日々の訪問・激励においても明確な目標を立て、皆が弘教拡大に勝利した姿で来日されました。また、社会でも本当に奮闘しています。

 原田 池田先生はこれまで、韓国の同志に絶えず励ましを送ってきました。韓国の識者の方々とも、先生ご自身が誠実と信念の対話で崩れぬ友情を結ぶ外交戦を続けてこられました。今回、韓国の青年部が大成長し、拡大の結果をもって来日したことを、先生も大変に喜ばれていました。

 竹岡 先生は両国の青年部に対し「学会創立100周年の主役」と期待を寄せられました。世界の青年部との連帯をさらに強め、共に広布と社会のリーダーへ大成長してまいります。

“一本の電話”でも

 伊藤 夏の友好期間は仏縁を拡大する大きなチャンスです。

 永石 「帰省し、親戚と交流してきました。十数年ぶりの再会でも語らいが弾みました」「近隣の友人と、盆踊りを通して友好が深まりました」などの声も聞きます。

 長谷川 記録的な猛暑が続いています。体調管理に万全を期すとともに、交通事故にも細心の注意を払いながら、有意義な夏にしていきましょう。

 原田 今、私たちは小説『新・人間革命』を毎日、研さんし、広布の実践の糧としていますが、仏縁の拡大においても学ぶことは、あまりにも多い。

 永石 はい。第30巻〈上〉「雄飛」の章の「人は、出会いによって『知人』となり、語らいを重ねることで『友人』となり、真心を尽くし、共感し合うことで『心友』となる」との言葉はとても印象的でした。

 原田 中国の識者と交流を重ねる場面ですね。池田先生の平和旅とは、世界中に友情を広げる戦いであったといえます。広布の活動においても、その模範を池田先生ご自身がいつも示してくださいました。

 竹岡 第6巻の「宝土」「遠路」の章では、中東初訪問が描かれています。その中で先生は中東の偉人のモットー「古い友人と仲良くし、新しい友人をつくれ」を紹介しています。

 長谷川 この言葉を通して、先生は「人間は、ともすれば古い友人とは疎遠になりがちである。また、古い友人との交流があれば、新しい友人をつくろうとはしないものだ。しかし、人間を大切にし、人間関係を広げていくなかで、新たな世界が開かれていく」と指導されています。

 永石 インド訪問が描かれた第29巻「源流」の章には「直接、現地に足を運び、出会いをつくることから、友情は芽生え、その積み重ねのなかで、強い信義の絆が結ばれていく」とあります。

 原田 先生の外交戦は「足を運ぶ」「直接会う」ことの連続です。その行動で世界中の人々と信頼を積み重ねてこられたのです。

 竹岡 第24巻「厳護」の章では「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり」(御書1360ページ)との御文から「一人立つ」ことの重要性を強調した上で、次のように言われています。「私たちは、一人ひとりが、家族、親戚、友人等々、他の誰とも代わることのできない自分だけの人間関係をもっています」「そこが使命の本国土であり、その人たちこそが、自身の眷属となります」

 原田 「自分だけの人間関係」を大切に、自らの責任で対話を重ねていく。そこから大きな広布の潮流が生まれていくことは間違いありません。

 伊藤 また、時には直接会いに行けないこともあります。第23巻「勇気」の章では、電話なども含め、日頃から意思を疎通し、励ましを送ることの大切さについて「その不断の努力のなかに、信頼が育まれ、強い人間の絆がつくられていく」と記されています。

 永石 一本の電話、一枚のはがきであっても、真心を伝えることはできます。大切なことは先生のご指導にある通り「不断の努力」で、友人を大切に、交流し続けることですね。

 原田 「友情の拡大」こそが「境涯の拡大」「幸福の拡大」に直結します。この夏、完結に向かって連載が進む『新・人間革命』「誓願」の章を研さんするとともに、日々の勤行・唱題で信心のリズムを整え、大きく交流に打って出ていきましょう。

「教育原点の日」へ

 伊藤 12日は「教育原点の日」です。淵源は1975年の同日に行われた教育部(現・教育本部)の夏季講習会です。池田先生が出席し、教育に従事する友に期待を寄せられました。

 永石 『新・人間革命』第24巻「人間教育」の章にも詳しくつづられています。先生は、この日を「教育革命」の日と定め、毎年、意義をとどめる日にすることを提案されました。

 長谷川 先生は「教育革命」とは教師自身の「人間革命」から始まることを示されています。子どもの幸福を第一に、信仰で自己を磨いてこそ教育本部です。

 竹岡 来る12日には、第2回となる「青年教育者」による実践報告大会が、兵庫で行われます。創価の人間教育の理念と、その実践成果を訴えていきます。

 長谷川 また、この日を中心に教育本部では各地で夏季研修会を開催しています。同本部の使命を改めて確認し合うとともに、教育技術の錬磨を目指します。

 原田 未来ある子どもたちの育成に携わる、教育本部の皆さまが、その“聖業”にさらにまい進されることを願います

未来部夏季研修会への池田先生のメッセージ 2018年8月7日

未来部夏季研修会への池田先生のメッセージ 2018年8月7日

勇気 誓い 友情の心で青春勝利の地道な挑戦を

 従藍而青の頼もしき後継の皆さん、猛暑の中、日本全国から、創価大学へ、よく集ってくれました。
 とくに、このたびの西日本豪雨で被災した地域の皆さん、本当にご苦労さまです。
 私は、一人一人の健康と成長と勝利、また、ご家族の幸福・和楽を真剣に祈りました。これからもずっと祈り続けていきます。
 担当者の皆さん、男女青年部、学生部の皆さんも、本当にありがとうございます。
 広宣流布とは、生命尊厳の大哲学を掲げて、全民衆の幸福と地球の平和の道を、はるか1万年先の未来まで開いていく大遠征です。それは、世代を超えて断じて途切れることのない、最も崇高にして最も遠大な使命のリレーです。
 このバトンを、私は初代・牧口先生、第2代・戸田先生から受け継ぎ、まっしぐらに走り抜いてきました。皆さんのお父さん方、お母さん方も一緒です。
 そして今、「正義の走者」たる皆さんに、一切を託していきます。
 きょうは、青春勝利の三つのバトンを、一人一人に手渡ししたい。
 一つ目は、「夢に挑む勇気のバトン」です。夢は、若き命を、大きく強くします。
 戸田先生は、よく「青年は、望みが大きすぎるくらいで、ちょうどよい」と言われました。私も体が弱く、悪戦苦闘の青春でした。
 それでも、戸田先生の弟子として、壮大な広布の夢に向かい、祈り、学び、戦い続ける中で、頑健な生命を鍛え上げることができました。
 青春時代は、みんな、さまざまな悩みや葛藤の連続です。自分に自信が持てず、失敗を恐れて萎縮してしまうこともあるでしょう。しかし、失敗しても、そこから多くのことを学べばいい。
 朗らかに挑戦する勇気も、へこたれない不屈の勇気も、青春の特権です。
 二つ目は、「恩に報いる誓いのバトン」です。
 牧口先生は、恩を大切にする人でした。一枚の服にも、さまざまな国の人々の労苦の汗が込められていることを通し、自分を支えてくれている人たちの恩を知り、世界の民衆に思いを巡らせることを示されました。ここに、真の知性の深さと広さがあります。
 皆さんの今回の研修も、送り出してくれたお父さんやお母さん、地域の方々など、たくさんの人の真心に支えられています。みんなが、皆さんの大成長を祈っています。
 日蓮大聖人は、「父母や師匠への大恩に報いるには、仏法を実践し抜いて智者(まことの智慧ある人)となって、初めて可能となる」(御書293ページ、趣意)と教えられております。
 深い感謝の心で、恩に応えようと誓いを立てて祈る時、人間は、自分の小さな殻を打ち破ることができます。どんな困難にも負けない、無限の智慧が湧き出でてくるのです。
 最後は、「平和を創る友情のバトン」です。
 未来部は、私が第3代会長として世界を駆け巡る中で結成しました。皆さん方が胸を張って躍り出る世界の舞台を築くために、私は第一級のリーダーと友情を結んできました。
 創価大学にある、インドの大詩人・タゴールの像の台座には、「人々の間に結合をもたらし、平和と調和を築くことこそが、文明の使命である」との言葉が刻まれています。
 平和といっても、一切は友情から始まります。それは、身近な友人との心通い合う対話から出発します。今回、出会った宝友とも、素晴らしい友情を深めていってください。
 結びに、私の親友であるアルゼンチンの人権の闘士・エスキベル博士の言葉を贈ります。
 「“今”何をしているかが重要であり、その現在が未来を決定していきます。きょう、種を植える勇気を持つものが、あした、その果実を収穫するのです」
 今、皆さんが地道に植えている、勉学の種、読書の種、語学の種、鍛錬の種、励ましの種、親孝行の種が、必ずや青春勝利の花を咲かせ、人生栄光の実りをもたらしゆくことは、絶対に間違いありません。
 私は、愛する皆さん方の偉大な「人間革命」の現在の挑戦を、そして未来の「鳳雛飛翔」の凱歌を、全て見守っています。
 わが不二の地涌の若人よ、勝って勝って、勝ちまくれ!
 どうか、世界一の同志と、楽しく仲良く健やかに、世界一の研修会としてください(大拍手)。