〈座談会 創立90周年を勝ち開く!〉45 自他共の幸福、平和社会の建設― 誓願の祈りが日蓮仏法の根幹 2019年6月13日

〈座談会 創立90周年を勝ち開く!〉45 自他共の幸福、平和社会の建設― 誓願の祈りが日蓮仏法の根幹 2019年6月13日

兵庫常勝新時代の“新記録”を
〈出席者〉
原田会長
長谷川理事長
永石婦人部長
志賀男子部長
大串女子部長
信心は永遠の希望だ。さあ、常勝不敗の原点・7月へ! 「勝ってこそ正義」――“勝利の決定打を放つのは我ら”との誓いにあふれる総兵庫壮年部の友(3日、兵庫池田文化会館)

 志賀 「大願とは法華弘通なり」(御書736ページ)との御金言通り、広宣流布こそ日蓮大聖人の誓願です。

 長谷川 ゆえに、“自他共の幸福のため。平和社会の建設のため”との広布への「誓願の祈り」が、日蓮仏法の根幹となります。

 大串 池田先生は、「広宣流布誓願し、唱題に励む時、自身の胸中に、地涌の菩薩の大生命が涌現し、日蓮大聖人の御命が脈動して、己心の仏界が開かれる」と言われています。

 永石 「弘教など、広宣流布のための挑戦課題を成就せんと悩み、唱題すること自体、既に地涌の菩薩の生命である。ゆえに、その実践のなかで、個々人のさまざまな苦悩も、乗り越え、解決していくことができる」とも語られています。

 原田 御聖訓に、「菩薩とは仏果を得る下地なり」(同738ページ)とあります。地道な唱題と、広布への勇気の対話を土台としていく時、自身の境涯が拡大し、無量の福運が積まれていくのです。

 永石 だからこそ、“広宣流布のため”との一念を定め、誓願の題目を唱えていくことが大切ですね。

 原田 たとえば、病魔と闘う時も、“この病を克服し、仏法の正しさを証明します。広宣流布に、自在に動き回るため、大生命力をください”との誓願の心で、強盛に祈っていくことです。先生は、「題目を唱えれば、もちろん功徳はある。しかし、“病気を治したい”という祈りが、深き使命感と一致していく時、自身の根本的な生命の変革、境涯革命、宿命の転換への力強い回転が始まる」と記されています。

 志賀 私たちは人生のあらゆる闘争において、広宣流布のために「必ず勝つ!」と定め、一つ一つの目標を明確にし、一日一日を勝っていきたいと思います。

 原田 先日、伺った兵庫でも、同志の皆さんは、常勝新時代の“新記録”を目指し、日々、具体的な祈りからスタートしていました。“今日は、あの人に友好を広げよう”“この人と一緒に学会活動に励もう”との真剣な一念から、知恵が湧き、創意工夫が生まれます。「決意」と「祈り」、「努力」と「工夫」がそろってこそ、広布と人生の勝利が開かれるのです。

雨天の事故に注意

 大串 各地で梅雨入りが発表されています。雨の日が多くなりますので、くれぐれも事故には気を付けていきたいと思います。

 長谷川 車の運転時は視界が悪くなりますので、徐行の心掛けや、早めのライトの点灯が大切です。

 原田 自転車の傘差し運転は厳禁です。歩行時も道路が滑りやすいので、一層の注意が必要です。皆で声を掛け合い、無事故の日々を送っていきましょう。

「子育て安心」掲げ

 志賀 さて、今夏の参院選において、公明党は、五つの重点政策を掲げています。その第一が、「『子育て安心』社会に」です。

 長谷川 これだけ少子化が進む現代で、「子育て」がしやすい社会を築くことは、日本の「未来を開く」ために不可欠です。

 永石 少子化対策のためには、教育への取り組みも重要です。そこで公明党は本年、「教育の無償化」を実らせました。このうち、「幼児教育の無償化」は10月から始まります。

 大串 さらに、家計の事情で進学を断念することがないよう、来年4月からは「大学・専門学校の無償化」も実施されますね。

 原田 「小学校、中学校9年間の普通教育無償化以来、70年ぶりの大改革」ともいわれ、日本大学の末冨芳教授(教育行政学)は、“公明党の尽力で、これらの法律が成立したことは、日本の教育政策において歴史的転換点と言っていい”と語られています。

 大串 また、来年4月からは私立高校授業料の実質無償化も実施されます。

 長谷川 待機児童解消のため、2013年度からの5年間で53万5000人分の保育の受け皿を拡大し、保育士の年収も5年間で48万円増加させています。

 永石 児童虐待の根絶へ、家庭内での「親などによる体罰の禁止」を定め、児童相談所の体制を強化する法律も、成立に向けて大きく進んでいます。

 志賀 批判のための批判でなく、口先だけでもなく、責任をもって、一歩一歩着実に問題を解決する。これが公明党です。その公明党参院選の予定候補は皆、「出たがっている人ではなくて、出したい人」「政治家の適性がある。リーダーシップがある人」(作家・佐藤優氏)です。

 大串 佐藤氏は、“公明党は、そうした人が出てくる唯一の政党”とも述べられています。

 原田 中でも、最激戦の兵庫選挙区の公明党の予定候補は、「兵庫の新時代を開く実力派」と各界から期待が寄せられています。

 永石 兵庫生まれの兵庫育ち。大学受験の直前に、阪神・淡路大震災で被災します。この時、被災自治体の宝塚市の職員である父が、病を押して、被災者一人一人に寄り添い、支援に奔走した姿が、自身の生き方の指針になっているそうですね。

 長谷川 その後、就職氷河期の中、猛勉強の末に外務省へ入省。外交官として、内戦直後のアンゴラでは地雷除去計画に携わり、アフガニスタンでは人道復興支援に尽力するなど、17年間で30カ国を駆け巡りました。また、英語・ポルトガル語を駆使し、首脳外交の通訳も務めました。

 原田 培った人脈を生かし、豊かな兵庫の魅力を世界に発信するため、神戸空港の増便や国際便の乗り入れを目指しており、観光振興・地域経済活性化の即戦力として期待されます。

 志賀 働き盛りの42歳。2児の父でもあります。人生100年時代を生きる現役世代として、子どもたちが希望をもち、高齢者が活躍する社会を目指しています。「一人」に尽くす政治を実現する、この候補の勝利を皆が念願しています。

南米の名門・ベネズエラ中央大学が池田先生に「名誉博士号」 池田先生の謝辞(代読) 2019年6月12日

南米の名門・ベネズエラ中央大学が池田先生に「名誉博士号」 池田先生の謝辞(代読) 2019年6月12日

教育という究極の聖業が懸ける 勇気・智慧・創造の希望の橋
「よく来たね。うれしい。本当にうれしい!」――ベネズエラから来日した青年部の代表をたたえ、固い握手を交わす池田先生ご夫妻(2007年3月、創価大学で)
 

 一、東洋の金言に「道のとを(遠)きに心ざしのあらわるるにや」とあります。
 はるか1万4千キロ離れたカラカスの天地より、先生方が、どれほど深く篤い志で、万難を排し、ご来学くださったか。私は感無量であります。
 本当にようこそ、お越しくださいました。
 本日ここに、ラテンアメリカ最高峰の歴史と伝統を誇る貴・ベネズエラ中央大学から、栄えある名誉博士号を授与いただきました。
 ありがたくも、今この時に賜りました知性の宝冠を、私は何よりもまず、愛する祖国の平和と繁栄を祈り、熱誠の貢献を貫いているベネズエラの尊き宝友と分かち合わせていただきたいのであります。
 ベネズエラSGIのサラス理事長も同行されており、これほどうれしいことはありません。
 先生方、誠に誠にありがとうございます(大拍手)。
 ベネズエラ最古の名門であられる貴大学は、1721年、日本でいえば江戸時代の享保年間に創立され、明後2021年に300周年という大佳節を迎えられます。
 2021年は、わが創価大学にとりましても創立50周年であります。
 きょうは、最優秀の留学生をはじめ創大生、短大生の代表も参列してくれております。
 幾世紀の風雪を厳然と越えてこられた大先輩の学城を仰ぎ見つつ、教育という究極の聖業が懸けゆく三つの高く光る希望の「橋」を共々に確認し合いたいと思うのであります。

学は不幸を倒す

 一、第一に、艱難を勝ち越えゆく「勇気の橋」であります。貴大学はモットーに「闇を打ち破る学府」と掲げておられます。
 創立以来、各分野に卓越した人材を綺羅星のごとく送り出して、まさしく時代の闇を打ち破りながら、貴国の誕生と独立、さらに躍進の原動力となってこられました。
 内戦や動乱、さらに1900年の大地震など打ち続く試練や危機に際しても、「教育の光」を勇敢に灯し、社会と民衆を照らしてこられた足跡は不滅であります。
 その精神を現代に生き生きと蘇らせて、不撓不屈の「勇気の橋」を懸けておられるのが、貴大学初の女性総長として活躍されるガルシア=アロチャ・マルケス総長であり、本日、ここにお迎えした英邁な先生方なのであります(大拍手)。
 日本が第2次世界大戦の敗戦を迎えた時、私は17歳でした。混迷を極める戦後社会にあって、座右の銘と決めて部屋に飾った二つの言葉があります。
 一つは「波浪は障害にあうごとに、その頑固の度を増す」、一つは「艱難に勝る教育なし」であります。そして、その後、永遠の師匠と仰ぐ戸田城聖先生にお仕えする中で、この座右の銘そのままに疾風怒濤の青春を生き抜いてきました。
 恩師から徹底して薫陶されたことも、“一番大変な時にこそ一番偉大な勇気を奮い起こして戦うのだ。そうした勇者を育てるのが、真の人間教育だ”ということであります。
 私自身、愛する創価同窓生たちに「学は不幸を倒す力」であり、「学は無限の希望」であると、強く訴えてきました。
 いかなる艱難にも、いよいよ喜び勇んで立ち向かう賢者の連帯で、私たちは怒濤逆巻く社会と世界に「勇気」即「希望」の橋を築き上げていきたいと思うのであります。

「小さな声」を聴く崇高な理念と行動

  一、第二は、民衆を結び高めゆく「智慧の橋」であります。
 貴大学の校歌には、「大地に立つ農民」「大海原の船乗り」など、けなげに生きる庶民への深い愛情が謳われております。
 そして「母校は 民衆の声を救い出す 開かれた議会である」と高らかに宣言されているのであります。
 民衆の「小さな声」に耳を傾け、人々の幸福のために尽くされゆく、貴大学の崇高な理念と行動は、創価の教育思想と強く響き合うものです。 
 貴大学の気高き先人たちが、時に命を賭して、学問の自由を守り通し、社会を改革していかれたように、創価教育の父・牧口常三郎先生も、日本の軍部政府の弾圧と対峙し、獄中において正義の信念に殉じました。今月は、この牧口先生の生誕148周年に当たっており、貴大学からの最高の栄誉を、私は先師に謹んで捧げさせていただくものであります。
 この先師が訴え続けた根幹こそ、「子どもの幸福」のための教育であります。とともに「民衆の幸福」のための人道的競争なのであります。
 残念ながら今、国際社会は至るところで亀裂が生じ、分断を深めております。だからこそ、何にもまして「子どもの幸福」「民衆の幸福」という一切の原点に立ち返って、そのために智慧を出し合い、大同団結をしていくべきではないでしょうか。
 貴大学の誉れの卒業生で、国民的作家のエロイ・ブランコが学生たちに呼び掛けた詩に、私は魂を揺さぶられました。
 「なすべきことは より良い人間になること」
 「そして いつか他者を照らすことだ」
 「仲間に与える人間になってほしい 仲間の幸福のために戦い 決して孤立しないでほしい」と。
 この詩のごとく、若き世界市民たちが力を合わせて、地球民族の「仲間の幸福」のために、民衆を結び高めゆく「智慧の橋」を広げてくれることを、私は願ってやみません。

独創的音楽教育 エル・システマ

  一、第三は、平和な未来を開きゆく「創造の橋」であります。
 貴大学の立つ首都カラカスには、「永遠の春の都」との異名があると伺いました。何と麗しく、希望に満ちた響きでしょうか。
 「冬は必ず春となる」――これは、私と妻が心から信頼する、ベネズエラの母たちの合言葉です。
 大宇宙の慈悲のリズムのように、人間の生命にも、試練の冬を凱歌の春に転じゆく力が秘められています。その一人一人の力を解き放っていくところに、人間教育の真髄があるといえましょう。
 貴大学に学んだ巨匠ロムロ・ガジェゴスの小説では、教育の力を体現する主人公の一人について、こうつづられています。
 「彼の果たすべき本当の使命とは、力ずくで悪を根絶することではなく、大地と人々に備わる慈悲心の隠れた源をあちこちに見出すことだった」(寺尾隆吉訳、ロムロ・ガジェゴス著『ドニャ・バルバラ』現代企画室)と。
 ユネスコの「世界遺産」にも登録されている貴大学の国際色豊かな芸術のキャンパスには、多彩な価値や文化への開かれた精神が光り、生命の歓喜の春を広げゆく創造的知性が脈打っております。
 貴国が生んだ独創的音楽教育「エル・システマ」は、若人を貧困から救うべく、就学前の幼児から20代の青年まで、音楽の知識や技術を無償で授け、自尊心や協調性、さらに未来への希望を育みゆく世界の先駆的挑戦であります。
 ベネズエラSGIの集いにおいても、この音楽教育から誕生した「シモン・ボリバル交響楽団」が見事な演奏をしてくださり、感謝に堪えません。
 暴力や破壊の衝動が渦巻く時代だからこそ、人間主義の対話と平和の文化を基調として、明るい和楽の未来を開く「創造の橋」を一段と堅固にしていきたいと、私は願う一人であります。
 ともあれ、最も苦労した民衆こそが、最も幸福に輝く権利がある。いな断じて、そうあらしめねばならない。ここに、先師・恩師から私が受け継ぎ、後継の青年たちに託す断固たる誓いがあります。
 貴大学の紋章には、知性を表す本やペンなどとともに、平和を象徴するオリーブと、勝利の象徴のヤシの枝が描かれております。
 私も名誉ある貴大学の一員として、尊敬する先生方とご一緒に、この紋章さながらの「平和」と「勝利」のために、終生、道を開き、橋を懸けていく決心であります。
 最後に、敬愛してやまない貴国の平和と安穏、そして貴大学の永遠無窮の栄光を心よりお祈り申し上げ、私の謝辞とさせていただきます。
 ムーチャス・グラシアス!(スペイン語で「大変にありがとうございました!」)(大拍手)。

〈池田先生と共に 新時代を築く〉 2019年6月11日

〈池田先生と共に 新時代を築く〉 2019年6月11日

恐れず 朗らかに 堂々と!
 

 梅雨の季節。聖教新聞を配達してくださる無冠の友のご苦労に感謝は尽きない。尊き全同志の健康とともに「雨壤を砕かず」(御書502ページ)の無事安穏を、妻と真剣に祈る日々である。
 広宣流布へ死身弘法された牧口先生の生誕日に恩師記念会館を訪れた(6日)。
 偉大な教育者である先生は、“社会の行き詰まりの根源は人材の欠乏にある”と喝破された。今、創価の母なる大地から、地涌の力ある人材群がいよいよ躍り出ていることを、どれほど喜んでくださるか。
 この6日付の聖教には、牧口先生のヒューマニズムを継承する教育本部の気高い活躍が報道されていた。
 なかでも、人間教育の模範の実践を重ねてきたのが、兵庫である。あの阪神・淡路大震災の折、復興に奮闘する父母の後ろ姿を見つめ、先輩たちから励ましを受けた未来の宝が、たくましく成長し、使命の本舞台へ羽ばたいている。これほど頼もしい希望はない。
 牧口先生が軍部政府の弾圧と戦って獄死されてより75年。恩師記念会館には、先生の肖像と並んで、25年前の6月、英国グラスゴー大学から拝受した名誉博士号が展示されていた。
 五大州からの名誉学術称号も、殉教の先師に捧げる報恩感謝の宝冠である。
 * * * 
 牧口先生は「仏法は勝負」の覚悟こそ宗教の生命と言われていた。先生が大切になされた御聖訓がある。
 日蓮大聖人が流罪佐渡から、「負けじ魂」で門下の旗頭となって戦う四条金吾と日眼女の夫妻を励まされた一節である。
 「強盛の大信力をいだして法華宗四条金吾四条金吾と鎌倉中の上下万人乃至日本国の一切衆生の口にうたはれ給へ」(同1118ページ)
 御本仏は、最も大変な時だからこそ、何としても愛弟子を勝たせたいと祈ってくださっている。
 現実社会の只中で勝利の実証を一つ一つ示し切って威風堂々と「うたはれ」ゆくことが、そのまま「立正安国」の福光となるのだ。
 * * * 
 6月6日は「東北壮年部の日」でもあった。
 グラスゴー大学の学位授与の式典では、青森・奥入瀬の滝に寄せた私の一詩を、マンロー博士が凜然と詠じてくださったことも蘇る。
 この「滝の詩」を、東北の丈夫は歌い継いでくれた。
 我らは誇り高き「民衆の王者」「人間の王者」として前進しようではないか!
 滝の如く、激しく撓まず、恐れず朗らかに、そして堂々と!

〈世界広布の大道 小説「新・人間革命」に学ぶ〉 第9巻 名場面編 2019年6月11日

〈世界広布の大道 小説「新・人間革命」に学ぶ〉 第9巻 名場面編 2019年6月11日

 
「新時代」の章

 今回の「世界広布の大道 小説『新・人間革命』に学ぶ」は第9巻の「名場面編」。心揺さぶる小説の名場面を紹介する。次回の「御書編」は19日付、「解説編」は26日付の予定。(「基礎資料編」は5日付に掲載)

大変な所で戦う功徳は厳然

 〈1964年(昭和39年)5月12日、オーストラリアへ出発した山本伸一は、経由地のフィリピンのマニラで、現地で奮闘する伊丹貴久子に励ましを送る〉
 
 彼女(伊丹貴久子=編集部注)は、マニラで、懸命に学会活動に励んだ。しかし、カトリックの影響の強い国であり、文化の違いからか、大聖人の仏法を理解させることは、かなり難しかった。
 また、戦時中、日本軍の侵略を受けているだけに、反日感情も強かった。(中略)
 貴久子は、伸一に、フィリピンでの活動の現状を語り始めた。
 「先生、フィリピンでは、広宣流布はなかなか進みません。(中略)カトリックが人びとの生活に深く根を下ろし、(中略)そのなかで仏法を信ずるということは、本当に難しいんです」
 彼女の顔には、疲労の色がにじんでいた。日々、悩みつつ、初めての国で頑張り続けてきたのであろう。
 伸一は、包み込むような優しい口調で言った。
 「あなたの苦労はよくわかります。でも、大変なところで、人びとに信心を教えていくことこそ、本当の仏道修行です。
 御書にも『極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず』(三二九ページ)と仰せではありませんか。穢土とは、娑婆世界のことであり、現実というものの厳しさともいえる。しかし、厳しい環境であればあるほど、広宣流布に励む功徳は大きい。
 また、地涌の菩薩はどこにでもいる。この国にだけは、出現しないなんていうことは絶対にないから大丈夫だよ。真剣に広布を祈り、粘り強く仏法対話を重ねていけば、必ず信心をする人が出てきます」
 広宣流布が至難であることは、御書に照らしてみれば明らかである。御本仏の御遺命を果たす聖業が、容易であるはずがない。(中略)彼女は、懸命に働き、壁に突き当たり、悩み抜いているのである。今、貴久子に何よりも必要なものは、励ましであった。
 指導といっても、一様ではない。信心がわからぬ人には、仏法のなんたるかを、懇切に教えなくてはならない。(中略)必死になって頑張っている人は、讃え励まし、元気づけることだ。
 (「新時代」の章、64~66ページ)

現実を打開するのが信心

 〈1966年(昭和41年)7月16日、伸一は、高等部の人材グループである鳳雛会・鳳雛グループの野外研修に出席。質問会で、工藤きみ子という足が不自由なメンバーが、自身の苦境と将来への不安を、涙を浮かべながら吐露する〉
 
 工藤は、広宣流布に生きる使命の大きさを思えば思うほど、自分の置かれた現実を、どう開いていけばよいのかわからず、もがき苦しんでいたのであろう。
 その時、伸一の厳しい叱咤が飛んだ。
 「信心は感傷ではない。泣いたからといって、何も解決しないではないか!」
 緊張が走った。室内は静寂に包まれた。
 伸一は、彼女を見すえながら、強い語調で語り始めた。
 「あなたには、御本尊があるではないか! 迷ってはいけない。ハンディを嘆いて、なんになるのか。いくら嘆いてみても、事態は何も変わりません。
 また、すべての人が、なんらかの悩みをかかえているものだ。いっさいが恵まれた人間などいません。
 学会っ子ならば、どんな立場や状況にあろうが、果敢に挑戦し、人生に勝っていくことだ。どうなるかではなく、自分がどうするかです。
 本当に教員になりたければ、必ず、なってみせると決めなさい。もし、大学に進学することが経済的に大変ならば、アルバイトをして学費をつくればよい。夜学に通ってもよい。
 使命に生きていこうとすることは、理想論を語ることではない。観念の遊戯ではない。足もとを見つめて、現実を打開していくのが信心です。困難を乗り越えていく姿のなかに、信心の輝きがある。
 いかなる状況下にあっても、誰よりも力強く、誰よりも明るく、誰よりも清らかに生き抜き、自分は最高に幸福であると言い切れる人生を送ることが、あなたの使命なんです」
 工藤は、唇をかみしめ、何度も、何度も頷いた。
 「そうだ。負けてはいけない。何があっても、負けてはだめだよ。強くなれ! 頑張れ! 頑張れ! 頑張るんだよ」
 伸一の言葉には、厳しさのなかにも、優しさがあふれていた。
 (「鳳雛」の章、187~189ページ)

「感謝」は幸福の原動力

 〈1964年10月16日、ノルウェーオスロを訪問した伸一に対し、現地の地区部長・橋本浩治は、心から感謝の思いを伝える〉
 
 橋本は、改まった口調で、伸一に語り始めた。(中略)
 「昨年の一月、パリの空港で、ノルウェーに来ていただきたいと申し上げた時、先生は、訪問のお約束をしてくださいました。
 その約束を、本当に果たしてくださり、申し訳ない限りです。それに対して、私の方は、何も先生にお応えすることができません。しかし、そんな私のために、おいでくださったと思うと、感謝の言葉もありません。本当にありがとうございます」
 橋本の声は、喜びのためか、涙声になっていた。
 「いや、感謝しなければならないのは私の方だ。橋本さんに苦労をかけるんだもの……。それはそれとして、何ごとにつけても、その感謝の心は大切だね。感謝があり、ありがたいなと思えれば、歓喜が湧いてくる。歓喜があれば、勇気も出てくる。人に報いよう、頑張ろうという気持ちにもなる。感謝がある人は幸せであるというのが、多くの人びとを見てきた、私の結論でもあるんです。
 また、裏切っていく人間には、この感謝の心がないというのも真実だ。感謝がない人間は、人が自分のために、何かしてくれてあたりまえだと思っている。結局、人に依存し、甘えて生きているといってよい。だから、人が何かしてくれないと、不平と不満を感じ、いつも、文句ばかりが出てしまう。そして、少し大変な思いをすると、落ち込んだり、ふてくされたりする。
 それは、自分で自分を惨めにし、不幸の迷路をさまようことになる。
 御書に『妙法蓮華経と唱へ持つと云うとも若し己心の外に法ありと思はば全く妙法にあらず』(三八三ページ)と仰せだ。人がどうだとか、何もしてくれないと文句を言うのは、己心の外に法を求めていることになる。
 結局、精神の弱さだ。すべては自分にある、自分が何をなすかだという、人間としての“自立の哲学”がないからなんだ。その哲学こそが、仏法なんだよ」
 (「光彩」の章、305~307ページ)

恩師の心に思いを馳せて

 〈1964年12月2日、伸一は沖縄の地で、小説『人間革命』の筆を起こす〉
 
 法悟空ペンネームで、伸一がつづる、この『人間革命』は、聖教新聞からの強い要請もあって、明六五年(昭和四十年)の元日付から、聖教紙上に連載されることになった。(中略)
 ――『人間革命』は、戸田を中心とした、創価学会広宣流布の歩みをつづる小説となるが、それは、最も根源的な、人類の幸福と平和を建設しゆく物語である。
 そして、そのテーマは、一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする――ことである。
 ならば、最も戦争の辛酸をなめ、人びとが苦悩してきた天地で、その『人間革命』の最初の原稿を書こうと決め、伸一は、沖縄の地を選んだのである。(中略)
 ――物語は、一九四五年(昭和二十年)の七月三日の、戸田城聖の出獄から書き起こすことにしていた。
 広宣流布の大指導者である戸田の出獄は、人類の平和の朝を告げる「黎明」にほかならないことから、彼は、それを第一巻の第一章の章名としたのである。
 しかし、章名を記したところで、彼のペンは止まっていた。冒頭の言葉が、決まらないのである。(中略)
 “先生は、焼け野原となった無残な街の姿を目の当たりにされ、何よりも、戦火にあえぐ民衆に、胸を痛められたにちがいない。
 そして、戦争という、最も卑劣な愚行を、憎まれたはずである。国民を戦争に駆り立ててきた指導者への怒りに、胸を焦がされていたはずである”
 彼は、戸田の心に思いを馳せた時、脳裏に、ある言葉が浮かんだ。
 「戦争ほど、残酷なものはない。
 戦争ほど、悲惨なものはない。
 だが、その戦争はまだ、つづいていた……」
 伸一のペンが走った。
 数行ほど書いて、それを読み返してみた。
 気負いのない、率直な表現だと思った。
 “できた。できたぞ。これで、いこう!”
 冒頭が決まると、ペンは滑らかに走り始めた。(「衆望」の章、386~391ページ)

 【挿絵】内田健一郎
 【題字のイラスト】間瀬健治

 ※『新・人間革命』の本文は、聖教ワイド文庫の最新刷に基づいています。

教学〉 6月度座談会拝読御書 呵責謗法滅罪抄 2019年6月4日

〈教学〉 6月度座談会拝読御書 呵責謗法滅罪抄 2019年6月4日

御書全集 1132ページ10行目~11行目
編年体御書 599ページ5行目~6行目
強盛なる大信力・大行力で勝て
師弟一体の祈りで不可能を可能に!
 
拝読御文

 何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり

本抄について

 本抄は文永10年(1273年)、日蓮大聖人が流罪地の佐渡から、鎌倉の四条金吾に送られたお手紙であると考えられています。
 当時、鎌倉の門下たちは、幕府から激しい迫害を受けていました。そうした大変な状況にあって、門下が亡き母の追善のために、ご供養を届けられたことへの御礼です。
 冒頭、大聖人は法華経のゆえに難に遭うことを「心ばかりは悦び入って候いき」(御書1125ページ)と、大確信を示されます。さらに、法華経弘通のゆえに大難を受けるのだから、無量劫にわたって積み重ねた重罪があったとしても、それを一生の内に消すことができ、所願満足の人生を歩めるとの宿命転換の原理を教えられます。
 続いて、“女性門下たちが、大聖人の弟子となったことを悔いているのではないか”と心配していたが、強盛な信心を貫いていると聞き、感涙が抑えられないとつづられます。
 釈尊が「妙法蓮華経の五字」を、上行菩薩をはじめとする地涌の菩薩に託されたのは、正法・像法ではなく、末法の弘通のためであることを示されます。
 さらに、数々の災難は妙法流布の瑞相であり、大聖人こそ「一切衆生の慈悲の父母」(同1131ページ)であり、その大聖人を迫害することは、非道であると断言されます。
 最後に、鎌倉の人々より百千万億倍も大聖人を憎んでいる佐渡の地にあって、今日まで命を永らえてきたのは、門下のご供養のおかげであり、法華経の文字が弟子の身に入り替わって助けてくださったのであろうかと述べられます。
 そして、どのような乱世であっても、門下の一人一人を法華経・諸天善神が助けるよう、強盛に祈っていると仰せになり、本抄を結ばれています。

ありがたい師匠

 「世の乱れ」と仰せの通り、本抄を著される前年には「自界叛逆難」が、北条一門の内乱(二月騒動)として現実となるなど、世情は騒然としていました。
 権力による非道な弾圧は、日蓮大聖人だけでなく、門下にも及びます。
 その苦境を知られた大聖人は、御自身が佐渡流罪という大難の渦中にあって、“諸天善神よ、弟子たちを守れ!”と、強盛に祈られたのです。
 大聖人の大慈悲と、苦難に立ち向かう勇気に、弟子たちも信心に奮い立ち、師弟一体の祈りを開始したことでしょう。
 仏法の精神は、この師弟の麗しい人間ドラマに如実に表れています。
 弟子の戦いを、全部分かってくださっている師匠がいる。
 乗り越えられる、勝ち越えられると信じ、温かく励まし、祈ってくださっている師匠がいる。
 弟子の幸福と勝利を願う師匠の存在が、どれほどありがたいことでしょうか。
 この真心を感じた弟子が、報恩の誓いを胸に、師弟一体で祈るからこそ、一切の障魔を勝ち越えていくことができるのです。
 師弟に生き抜く人生に行き詰まりはありません。
 師弟の精神によって、一人一人の生命の底力を発揮させていくことができるのです。
 池田先生は教えられています。
 「師弟が力を合わせて祈る時、広宣流布への大きなうねりが巻き起こります。仏勅の使命のわが地域に、共々に創価の師弟の勝利劇を綴っていこうではありませんか!」

叶うまで貫く

 日蓮大聖人は、佐渡に捕らわれの身であり、現実に門下を助けようと思っても、できないことです。
 それでも大聖人は“断じて門下を守るのだ!”との、確信の祈りを貫かれます。
 その祈りは、決して何かにすがるような、弱々しい祈りではありません。
 では、本抄で仰せの「強盛に申す」とは、どのような祈りでしょうか?
 “濡れた木をこすって火をいだすような”“カラカラに乾いた土から水を得るような”思いで祈っていくことだと仰せです。
 普通に考えれば、どちらも不可能なことに思えます。では、不可能だといって、諦めてしまっていいのでしょうか。
 諦めてしまえば、その時点で、可能性はゼロになってしまいます。
 たとえ濡れた木でも、粘り強くこすり合わせていけば、その熱で乾き、火がつくこともあるでしょう。
 カラカラに乾いた土地であっても、掘り続けていけば、水が湧いてくることもあります。
 不可能を可能にする祈りの出発点は、不可能と思ってしまう自身の心を打ち破るところにあるのです。
 大事なことは、小さな自身の境涯で、できないと決め付けずに、不屈の信念で、叶うまで祈り続けることです。
 妙法は、宇宙と生命を貫く法です。自身の一念の変革は、かならず大宇宙へと波動を起こし、不可能を可能にしていけるのです。自身の生命を揺さぶる強盛な祈りが大切なのです。

十羅刹の守り

 日蓮大聖人は門下に、「法華経・十羅刹・助け給へ」と、強盛に祈っていると仰せです。
 「法華経」とは「御本尊」のことであり、「十羅刹」とは、法華経の陀羅尼品第26に登場する10人の羅刹女(鬼女)のことです。
 十羅刹女は、法華経の会座で、諸天善神として正法を持つ人を守る誓いを立てます。
 “法華経を読誦し受持する行者を守り、思い苦しんでいることを取り除きたいのです。もし、行者の短所を探して、付け込もうとしても、そうはさせません”
 “私の頭の上に上ることはあっても、法師を悩ますことはさせません。夢の中であってもさせません”
 “法華経の行者を悩まし、乱れさせれば、その者の頭は七つに割れるでしょう”
 法華経には、この十羅刹だけでなく、さまざまな諸天善神も登場します。
 妙法を受持し、広宣流布に励む人は、その信心によって必ず諸天に守られていくのです。守られるといっても、その力は、自分自身の信心の厚薄によることを忘れてはなりません。
 十羅刹女は、もともとは悪鬼です。しかし、法華経によって、広宣流布の行者を守る善鬼に変えていけます。一切を味方に変えていくことができるのです。
 諸天をも揺り動かす確信の祈りの大切さを、大聖人は、“弟子を必ず守る”“いかなる難事があっても、必ず成就する”との、自ら門下を思い、祈る御心情を通して、教えてくださっているのです。 

池田先生の指針から/悪鬼・魔民も強い味方に

 あの“まさかが実現”の大阪の戦いで、関西の宝友と心肝に染めた御聖訓に「何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(御書1132ページ)とあります。
 御本仏のこの御一念に直結し、我らは、いかなる災難にも、いかなる試練にも、わが友を一人一人護りに護り、強盛なる大信力・大行力で無窮の大仏力・大法力を湧現しながら、断固として不可能を可能にしていくのであります。(本紙5月4日付、本部幹部会へのメッセージ)
 ◇ ◆ ◇ 
 私たちが拝する御本尊は、十界互具の大曼荼羅であられる。御本尊には、十界の衆生代表が納まり、南無妙法蓮華経の光に照らされています
 御本尊も十界、私たちの生命も十界です。そして、社会も十界の生命で成り立っている。
 御本尊に題目を唱えると、三世十方の仏菩薩が、私たちと同じく合掌します。また、全宇宙の無数の諸天善神が、絶対に従います。十界の生命を揺り動かすのですから、悪鬼・魔民さえも強い味方となって、妙法を護り広げる働きをすることは間違いないのです。(『御書と師弟』第2巻「題目の大音」)
 ◇ ◆ ◇ 
 戸田先生はよく、佐渡流罪の折の大聖人の御心を偲ばれておりました。「必ず門下を勝たせなければならない。一人も残らず弟子を幸福にしなければならない」――この炎のように燃え立つ御心であられたと拝察されていたのです。
 師匠の大恩は、弟子たちの想像も及びません。
 「日蓮が一門」には、御本仏の慈悲と正義の大生命が、すみずみにまで漲っている。その和合僧団そのものが、主師親の三徳を具えた御本仏の人法一箇の大生命なのです。
 広宣流布を実現しゆく「日蓮が一門」――その正統中の正統こそが、学会であります。(『御書と師弟』第2巻「日蓮が一門(上)」)

参考文献

 ○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第22巻(聖教新聞社刊)

〈座談会 創立90周年を勝ち開く!〉44 広布史に残る新たな金字塔を! リーダー率先の行動が壁を破る 2019年6月6日

〈座談会 創立90周年を勝ち開く!〉44 広布史に残る新たな金字塔を! リーダー率先の行動が壁を破る 2019年6月6日

公明が生活者のための政策実現
池田先生が若き日、戸田先生と語り合った広宣流布の未来図――その世界平和という“夢”を託し、55年前に結成された高等部。この一人一人を育てゆくことは、そのまま広宣流布の未来に直結

 原田 「日本の命運を担い、世界平和を建設する民衆勢力を築き上げるのは、私たちしかおりません。そう確信して、師子王の気風、気概をもって、前進していこうではありませんか!」――小説『新・人間革命』第14巻「烈風」の章に記されている、池田先生の烈々たる師子吼です。
 
 永石 この「烈風」の章には、1969年(昭和44年)12月、激闘が続き、体調を崩された中でも、和歌山をはじめとした関西や、中部の同志への激励行を続けられた軌跡が描かれています。
 
 長谷川 先生は、学会の新たな金字塔を打ち立てゆく、この時も、リーダー率先の強い祈りと行動が、困難の壁を打ち破ることを強調されています。「大将軍よはければ・したがうものも・かひなし」(御書1135ページ)との御聖訓を拝し、「幹部に、勇気も情熱もなく、心が弱ければ、誰もついてこない。勝負はリーダーの一念によって決まる」と指導されたのです。
 
 原田 今日の学会の大発展は、ひとえに先生の死身弘法の闘争のおかげです。民衆の大地に幸福の花を咲かせ、平和社会を建設する、未聞の大事業である広宣流布の実現へ、私たちは報恩の一念を定め、自身の全魂を傾けて、絶え間なき前進を続けていきましょう。

高等部結成55周年

 長谷川 明7日は高等部の結成55周年の記念日です。先月19日、私は首都圏未来部の部長研修会に出席しました。宝の人材群の生き生きとした姿を見て、本当に頼もしく思いました。
 
 永石 高等部をはじめとした未来部を大切にし、どんな時も全力で励ましを送ってこられたのが池田先生です。その激闘があって、今の世界広布があります。
 
 原田 学会の未来、広布の未来は、後継の皆さんに託す以外にありません。私たちは、未来部の大成長を祈り、顔を合わせたら近況を尋ねるなど声を掛け、励ましを送っていきたい。

迅速に問題を解決

 竹岡 さて、今夏に実施される参院選が近づき、連立与党における公明党の存在を高く評価する識者の声を数多く聞きます。
 
 原田 たとえば、東京大学名誉教授で、日本を代表する政治学者である御厨貴氏は、月刊誌「潮」7月号で、創立以来「福祉の政党」「教育の政党」としてのアイデンティティーがある公明党だからこそ、軽減税率導入も、幼児教育無償化や私立高校授業料の実質無償化、高等教育無償化も実現できたと強調。「自民党との連立政権に参画してから20年間、公明党は生活者のためのきめ細かい政治に取り組んできた。その努力がまさにいま花開いている」と述べています。
 
 竹岡 かつてない少子高齢社会に突入する日本にあって、「全世代型社会保障」が与党の看板政策になったことも、公明党の大きな成果です。
 
 長谷川 社会保障における公明党の役割について、淑徳大学総合福祉学部の結城康博教授は、「社会保障は、いわゆる『勝ち組』が勝ち続けるのではなく、社会的弱者にも所得が再分配されることで、ある程度、公正な社会にしていくという考えの上に成り立っている。その意味で、中道路線を掲げ、再分配に取り組んできた公明党が、連立政権の一角を占める意義は大きい」と語っています。
 
 竹岡 ほかにも、公明党は、携帯電話料金の引き下げに一貫して取り組んできました。5月に成立した「改正電気通信事業法」は、スマホ等の携帯電話の「端末代金」と、毎月支払う「通信料金」の分離を義務づける法律です。
 
 大串 これにより、複雑化する料金体系が分かりやすくなり、各社のプランの比較が容易になります。その結果、価格やサービスなどの競争が活発になり、携帯料金の引き下げにつながると期待されています。
 
 竹岡 諸外国と比べ、高いといわれる日本の携帯料金が、家計を圧迫しているとの声は各地で聞きます。事実、公明党の青年委員会が行った政策アンケート「ボイス・アクション」でも、そうした意見が多く寄せられたそうです。
 
 大串 これまでも公明党は、携帯電話の利便性向上に取り組んできました。たとえば、携帯会社を変えても、同じ端末が利用できる「SIMロック解除」を実現。同様に携帯会社を変更しても、同じ番号を利用できる「番号ポータビリティー(持ち運び)制度」も公明党が推進したものです。
 
 永石 また、児童虐待による痛ましい事件が相次ぐ中、公明党は本年2月、体罰一掃に向けた法整備や、民法の「懲戒権」(親が子を戒めていることを認める規定)のあり方の検討などを求める「緊急提言」をまとめ、政府に申し入れました。「懲戒権」が、“しつけ”を理由とした体罰などを容認する根拠にされないよう、あり方の検討を促したのです。
 
 大串 そして、5月には、児童虐待防止策を強化するための法案が、成立に向けて前進しました。その多くに、公明党の提案が反映されています。
 
 永石 一つが「親などによる体罰の禁止」を定めたことです。家庭内での体罰を「しつけ」と称し、虐待行為が行われているといわれる中、法律に明記されたことで、「しつけに体罰はいらない」との認識が広がっていきます。
 
 大串 もう一つが児童相談所(児相)の体制強化です。たとえば、子どもの一時保護など「介入」を担当する職員と、保護者支援を行う職員を分けることや、弁護士が常時、児相に助言・指導できる体制を整備すること、児相に医師と保健師を配置することです。
 
 原田 こうした問題は、国や地方自治体などが協力・連携し、迅速に進めなければいけないことです。公明党は、これからも、現場第一主義の地方議員と国会議員でネットワーク力を発揮し、全力で対策に当たってもらいたい。

〈世界広布の大道――小説「新・人間革命」に学ぶ〉 第9巻 基礎資料編 2019年6月5日

〈世界広布の大道――小説「新・人間革命」に学ぶ〉 第9巻 基礎資料編 2019年6月5日

物語の時期 1964年(昭和39年)4月1日~12月末
鳳雛」の章
        

 今回の「世界広布の大道 小説『新・人間革命』に学ぶ」は第9巻の「基礎資料編」。各章のあらすじ等を紹介する。次回の「名場面編」は11日(火)付、「御書編」は19日付、「解説編」は26日付の予定。

「新時代」の章

 1964年(昭和39年)4月、山本伸一は、恩師・戸田城聖の七回忌を一切に大勝利して迎え、学会が建立寄進した大客殿では、その法要が2日間にわたって営まれた。席上、伸一は、戸田の出獄後の歩みをつづる小説『人間革命』の執筆構想を発表。また、いよいよ仏法を本格的に社会に展開していく「本門の時代」に入ったことを宣言した。
 5月3日の本部総会では、次の7年間の目標として、正本堂の建立、600万世帯の達成などを発表する。「新時代」の船出の帆は上がったのである。
 12日、伸一は、アジア、オセアニアへと出発。オーストラリアでは、新たにメルボルン支部を結成し、広布に走る同志を全力で励ます。この頃、英語圏を中心に、各国で、学会への誤解と偏見に基づく報道がなされ、その影響が広がっていた。彼は、現地のテレビ局のインタビューに応じ、自ら学会の真実を訴える。
 インドからの帰国後、同国のネルー首相死去の悲報に接した伸一は、人類の融合と平和の哲学を、一日も早く、世界に流布しなければならないと誓うのであった。

鳳雛」の章

 6月1日、青年部に新たに、高等部と中等部を設置することが発表される。伸一は7日、東京第二本部の男子高等部の結成式に出席する。65年(昭和40年)1月15日には、中等部が結成され、さらに、9月23日、少年部が誕生する。彼は、学会の未来を担う、大事なリーダーとして、まず、高等部員の育成に全力を傾けた。
 10月1日夕刻、学会本部で、首都圏の高等部の部長276人が参加し、部旗の授与式が行われた。伸一は、次代の指導者たる「鳳雛」たち一人一人に、部旗を手渡し、励ましの言葉をかけ続けた。
 11月号の「大白蓮華」の巻頭言に、高等部への指針「鳳雛よ未来に羽ばたけ」を書き贈る。文面には「勉学第一」で、新しき世紀への飛翔を願う伸一の熱い思いがあふれていた。
 66年(同41年)1月8日から、毎月、高等部の代表に御書講義を開始。一期生の講義修了時には、受講メンバーで「鳳雛会」(男子)、「鳳雛グループ」(女子)を結成し、その後も期を重ねることになる。伸一の、全精魂を注いでの激励によって、21世紀を潤す創価後継の大河が開かれていった。

「光彩」の章

 「本門の時代」の先駆けとなったのは、青年部であった。64年(昭和39年)6月、女子部は部員100万を達成。学生部も6月末の学生部総会をめざし、部員数5万人に。総会に出席した伸一は、待望の「創価大学」の設立構想を発表。7月には、男子部が年間目標である部員150万をいち早く達成する。
 伸一は10月、東南アジア、中東、欧州を歴訪。各地で出会った宝の同志を全力で激励する。
 10月10日、一行はフランスのパリを経て、チェコスロバキアプラハへ。同国は当時、社会主義国であり、伸一が共産圏の国に足を踏み入れるのは初めてだった。翌日、バーツラフ広場などを視察し、ハンガリーブダペストへ向かう。彼は、市民とソ連軍が衝突した「ハンガリー事件」に、心を痛めていた戸田城聖をしのびつつ、人間性を抑圧する社会体制の矛盾について思索を巡らせる。
 その後、パリに戻り、ノルウェーオスロへ。孤軍奮闘する地区部長夫妻を励ます。帰路、彼は、人間の「光彩」に満ちた時代を開くために、人々の生命を磨き輝かせる対話を続ける決意を新たにする。

「衆望」の章

 64年の秋、日本国中が東京オリンピックに沸き返った。幾つもの人間ドラマを織り成した大会の閉会式では、国や民族の区別なく、腕や肩を組み、入り交じって行進する選手たちの姿が。伸一も、その模様を、テレビで見ながら、国家やイデオロギーの違いを超えて、地球民族主義の思想を、全世界に伝えていかねばならないと心に誓う。
 この頃、日本は高度成長のただ中にあった。だが、繁栄の陰で、住宅問題や社会福祉など、生活に直接かかわる環境整備は後回しにされてきた。庶民の声を汲み上げ、民衆を守る政治を実現しようと、11月、「衆望」を担って公明党が結党される。
 12月2日、伸一は、沖縄本部で小説『人間革命』の筆を起こした。最も戦争の辛酸をなめ、人びとが苦悩してきた沖縄から、幸福と平和の波を広げようと思っていたのだ。伸一のペンが走った。
 「戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない。だが、その戦争はまだ、つづいていた……」
 偉大なる師の思想と真実を書き残す使命感と喜びが、彼の胸にたぎっていた。

高・中等部、少年部発足

 〈青年部のリーダーとの語らいで、山本伸一は、広布後継の育成に懸ける思いを語る〉
 「私は、二十一世紀のことを真剣に考えている」「誰が二十一世紀に、本当の学会の精神を伝えていくのか。それは、今の高等部、中等部のメンバーに頼むしかないじゃないか」「大切なのは触発だ。その触発をもたらすには、日々、命を削る思いで、成長を祈ることだ」(「鳳雛」の章、136ページ)

 ※『新・人間革命』の本文は、聖教ワイド文庫の最新刷に基づいています。

 【挿絵】内田健一郎 【題字のイラスト】間瀬健治