〈信仰体験 登攀者〉 新宿駅などでチアリーディングを行う 朝妻久実さん
SEIKYO online (聖教新聞社):信仰体験(長編)
〈信仰体験 登攀者〉 新宿駅などでチアリーディングを行う 朝妻久実さん 2017年6月4日
小さな勇気の積み重ねが、大きな成長につながる
朝の新宿駅西口。激しい通勤ラッシュをくぐり抜け、それぞれの勤務先へ足早に歩く人、人、人。そんな雑踏の中、信号脇のわずかなスペースに、真っ赤な衣装の女性たちがさっそうと現れた。「おはようございます!」「今日も元気に頑張りましょう!」。え?駅で、チアリーディング? 軽快なリズムに乗り、切れのあるダンスを披露する彼女たちは、「全日本女子チア部☆」。ひときわ大きな声を響かせるのは、クミッチェルこと朝妻久実さん=新宿区、落合旭日支部、女子部副部長、芸術部員=だ。
朝妻さんが、行き交う人々に向けて、伝える言葉がある。
「今日、私たちを見掛けた皆さんが、ちょっとだけ勇気を出す、そんなエネルギーになりたいと思います!」
週に1度、新宿駅をはじめ、池袋駅、新橋駅で、チアダンスをしながら、エールを送っている。
呼吸の合った振りと快活な掛け声に、うつむきがちなサラリーマンたちも思わずにこやかになる。外国人旅行者は笑顔でスマホを向ける。大多数の人は、チラッと横目で見て、足早に通り過ぎて行くが……。
「それでいいんですよ(笑い)。朝チアは、見てもらうことではなく、あくまで元気を送ることが目的ですから」
朝妻さんのもう一つの顔は、フリーアナウンサー。
競争の激しい世界。チアで培った元気と、とびっきりの笑顔。それに加えて、よく通る声と当意即妙のコメントは、陰の努力のたまもの。これまで、幾つもの壁が目の前に立ちはだかったが、そのたびに多くの励ましを力に、乗り越えてきた。
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2002年(平成14年)、創価大学入学と同時に、北海道旭川市から上京した。チアリーディング部「パンサーズ」の一員として、練習に明け暮れていた秋のある日。母・由美さん(62)=副白ゆり長=から、一通の手紙が届いた。
甲状腺がんが判明したという。
〈お母さんは大丈夫だから、あなたは、創大生としてやるべきことをやりなさい〉
娘に心配を掛けまいとする親心。それでも大好きな母の体が心配で、泣きながら女子学生部の先輩に相談した。
「大丈夫! 私たちが一緒に祈るから」。不安でいっぱいだった心に優しさが染み渡る。
その後、母はパニック障害も発症したが、見事に乗り越え、看護師として復帰を果たす。
朝妻さんは、“今度は自分が励ます側に”、と心に決めた。
中学生から抱いてきたアナウンサーの夢を実現させたのは、社会人3年目の時だった。
山陰中央テレビと契約。アナウンサーの基本である発声、発音を、基礎から徹底的に直された。「食レポ」に行けば、言葉の選び方、文章の構成を注意され、揚げ句の果てには、「食べ物の魅力が全然伝わってこない」と一喝。
学会活動で元気を取り戻しては、努力を重ねた。数々の番組に出演し、経験を積んだ。1年間の契約期間を終える頃には、一番厳しかった先輩からうれしい一言が。「おまえは強いよ。いい声持ってるんだから頑張れ」
だが、本当の試練は、東京に戻ってからだった。番組改編期に行われるオーディション。受けても受けても、落ち続けた。
今度こそ“いける”という手応えの時も、最終選考で不採用。
自分の見込みと現実の落差が、大きなダメージとなってはね返ってきた。“この夢を追い続けていていいの?”
存在価値を否定されたようで、無気力状態に陥る。最大の取りえである明るさも消えた。
それでも自分の可能性を信じたかった。学生時代から付けてきたノートを読み返す。『青春対話』の一節に目が止まった。
〈夢と現実を結ぶ橋は「努力」です。努力する人は希望が湧いてくる〉
“私は、本当に努力したと言い切れるだろうか……”
新たな力が湧いてきた。そうした時に出会ったのが、新宿駅で朝チアを行う女性だった。
2010年8月。朝妻さんは、新宿駅西口に立った。はつらつとした自分を取り戻すために。
全力で踊っていくうちに、心の変化に気が付いた。
“悩みを抱えたままでも、人を励ませる!”
自らやると決めたことを続けることで、環境が変わっていく。
14年10月には、故郷・旭川市から公認観光大使に指名された。自ら観光ツアーを企画するなど地元の魅力を伝えるために力を注ぐ。
初代の部長が引退した後も、一人で朝チアを続けた。その心意気と、はつらつとした姿に、「私もやりたい」と加わる人も現れた。
本業でも、情報番組の中継リポーターや番組の司会として、テレビやラジオへの出演が増えていく。チア・スピリット(励ましの精神)を胸に、見る人や聴く人に、元気を送ろうと常に、全力で挑んできた。
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朝チアを始めて今年で7年になる。90代のお年寄りが散歩の途中に立ち寄ってくれ、「あんたらの姿が楽しみじゃ」と言ってくれたり、リストラにあったという女性が、「私もできることをやろうと思った」と靴磨きを始めたり、うれしいこともいっぱいあった。
新宿駅の一日の乗降客数は350万人。黙々と歩く大勢の人たちを前にして、踊るのは、さぞ勇気がいるのでは……。
朝妻さんは、「ほんの少しの勇気があれば。あとは“エイヤー”って、行動あるのみです!」と語る。最近、人々の反応が変わってきたことを感じている。
「笑い掛けてくれたり、手を挙げてくれる方が増えました。その姿に私も元気をもらえるんです」
小さな勇気の積み重ねが自分を成長させ、環境も変えることができた――。だから今日も新たな一歩を!
★次回は、日本料理の道40年。昨年、優秀技能士・江戸の名工を受賞した壮年を紹介する予定です。